神頼み 16
教会に残るメルクリィ達は、庭の中央に集められ、一人づつ拘束されていった。
警棒で小突かれながら、ノムラン司祭が、それを行なっていたのだが、意外というか、随分と慣れた手つきで、ご丁寧にも、轡まで噛ませているのだ。
「みんな、ごめんなさいね、少しだけ、辛抱してください、きっと、誤解は解けますから」
すすり泣く小さな子供達を宥めながら、しかし、その動きはどこか機械的で、心無い。
それを囲み、にやにや、と厭らしい笑いを、顔に貼り付ける六人の男達は、従士と呼ぶには些か風体の悪い者ばかりであり、何やら談笑しては、下品な動きで、これからの順序を決める事に夢中なのである。
「おい、じいさん、もういいだろう、待ちくたびれちまったよ」
「人数が足りないんだからよ、口を塞いだら困るだろ? 分かんねえかなぁ」
残る年長の二人と、メルクリィを後ろ手に縛り上げたところで、ついに痺れを切らした男達が声をかけた。
「あ、ああ、はい、はい、あとは、ご自由に、どうぞ……」
額の汗を拭きながら、ノムラン司祭は立ち上がり、卑屈な笑みを浮かべ、ぺこりぺこり、と頭を下げ始める。
「し、司祭様、何を言っているのですか? 貴方は、なにを」
メルクリィには、理解できなかった。後頭部から、背中にかけて、一瞬で冷えるような感覚は覚えたのだが、彼女には、その感覚が、一体なんなのか、分からない。
「ああ、ごめんなさいね、しかし、これも神の思し召し、これを乗り越えれば、必ず」
「ちくしょうっ! 」
突然立ち上がったマイクが、後ろ手に縛られたまま、ノムラン司祭に体当たりする。尻餅をついた司祭にのし掛かり、何とか攻撃がしたいのか、頭を何度も打ちつけながら、彼は、その喉から怒りを絞り出すのだ。
「ちくしょう! やっぱり、お前は、お前は、俺を騙して! 他の奴には、手を出さないって」
しかし、直ぐに取り押さえられた少年は、乱暴に頭を押さえつけられてしまい、憎き司祭には、もう、怒りの眼差しを向け、罵声を浴びせる事しかできなかった。
「ああ、マイク、愚かな子だ、いつまでたっても、粗暴なところが直らない、やはり、あなたは、尻人形としてしか、神に貢献出来ないのでしょう」
法衣をはたきながら立ち上がると、ノムラン司祭は、芯から哀れんだ様な目をマイクに向け、右の親指を胸に当て、円を描くように動かした。
「祈るなッ! 」
メルクリィが眉を吊り上げ、怒声をあげる。
彼女は、ようやっと理解したのだ、目の前の男が、およそ、司祭を名乗るに値しない人間だという事を。いや、最初から、違和感は覚えていたのだが、しかし、それを疑うには、メルクリィの信心は深すぎ、そして、こころに、余裕も無かったのだ。
(私は……子供達の為に、自らの身を汚し、彼等を助けたつもりになって……そのじつ、なんの、なんの助けにも、なっていなかった! )
「あなたは! 神に仕える資格も無い! その法衣を、今直ぐ脱げ! 」
これは、八つ当たりだ、自らへの怒りを、ノムラン司祭に、ぶつけているだけ。
もはや、どうして良いかも分からぬ、怒りと嫌悪にまみれるメルクリィなのだ。その襟首が、乱暴に掴まれる。
「脱ぐのは、お前なんだよなぁ」
横合いから、彼女の、擦り減り薄くなったワンピースを引き千切ると、してやったり、といった顔を見せた男が、仲間に手を広げてみせる。途端に口笛と、下品な笑いが沸き上がり、男達の目に、獣性が見え始めた。
(あぁ、神よ、光齎らす神よ、真なるレ ウルクよ、無力な私に代わり、どうか、どうか、この子達だけは!)
地面に頭を擦り付け、彼女は祈った、これ程に、祈りに想いを込めた事が、果たして、今迄あっただろうか。
やはり、自分の信仰心は、まだまだ、足りていなかったのだ、だから、神も、助けてはくれぬ。
そこまで考えて、ふと、メルクリィの頭に、蝦蟇のような男の顔が浮かんできた。
以前、彼から聞いたのは、神は、人を助けない、などと、不信心にも程がある言葉であったのだが、不思議と、メルクリィの心に残っている。
(……私は、この子達に、もう、救われている……愛しい、私の家族……だから、そう、家族を守るのは、私の恩返し、私の、役目……なんとしても、たとえ……)
地面に頭をつけたまま、彼女は、ひそかに、呪いの準備を始めたのだ。生まれて、初めて使う、人を傷付ける為の力。
「はぁ、まぁ、後は皆さん、よろしくお願いします、クレオの二代目には、話を通してありますので、くれぐれも」
「分かってるよ、ちゃんと始末はするから……なぁ、じいさんもやるかい? 俺ら、そっちの趣味はないんでね、男はいらねえよ」
首を横に振るノムラン司祭を見て、マイクを押さえていた男は、懐から匕首を取り出した。
「こんな所に人は来ませんが、でも、早めにお願いしますね……あぁ、普段なら、もう一人、エルフの娘も居たのに……あ、え?……ほわぁぁぁっ! 」
突然、びくりと背筋を伸ばし、叫び声を上げるノムラン司祭に、全員の視線が集まる。
皆に注視される中、彼は、思い出したのだ。いや、忘れていたのではない、覚えていた、確かに覚えていたのだが、その、森エルフの事を、今の今まで「意識できなかった」のである。
これが、全員では無い、もう一人。
ノムラン司祭は、慌てて周囲を見渡す、子供達の数に変わりは無い、後は、メルクリィと、七人、のならず者達。
「……お客さぁん、あんたの探してる奴ってぇのは、ひょっとして、こんな顔、してやせんでしたかね? 」
山髭をたくわえた従士の姿が歪み、ふわり、とした金髪の、見た目だけは麗しい、森エルフの少女が現れる。
「ひいいっ! 」
げすげすげす、と卑しく笑いながら、彼女が司祭の周りを一周すると、ノムランは、堪らず、外に向けて、一目散に駆け出した。
「おい、待て、じじい! ……がっ」
叫んだ男が、横に飛ぶ。
どかどか、と足音を立て、数人の男の姿が、滲むように現れた。慌てて走って来たものか、皆一様に、息を切らし、先頭の茶髪は、膝に手を当て、何度もえづいていた。
「兄貴、ちょっと、速すぎ……」
「お前らも、ついでだ、明日から、鍛えてやるからよぅ」
鞘がついたままの十手剣をくるりと回し、メルクリィに駆け寄ったのは、「蝦蟇」のゲコニスであった。
「メルクリィさん、すまねえ、急に段取りが変わったんで、遅くなっちまった……マイクも、良くやったな、男だぜぇ、後は、任せときな」
がらがら、と笑って立ち上がるゲコニスの背中は、随分と大きく。
メルクリィが、一瞬、それに神を重ねたとしても、それは、仕方のない事であったのだ。




