神頼み 15
それは、御用猫にとっても、少々予想外の来客であった。
「な、何ですか、貴方達は……ああっ」
昼食と片付けを終え、皆が思い思いに、ゆったりと寛いでいた時間、正門の方から、ノムラン司祭の悲鳴が聞こえてきたのだ。
どかどか、と、足音も喧しく、十数人の、騎士とおぼしき武装した男達が、ミネコ達が手入れした花壇を踏み荒らしながら、庭に進入してくる。
「ここに、辛島ジュートの名を騙る、不逞の輩が居るはずだ、隠し立ては許さぬぞ、いずこか! 」
これは、どうやら、向こうが先に動いた、という事なのだろう。奇しくも、御用猫達は時を同じく、今日の内に全て、片を付けてしまおうと、準備をしていたところだったのだ。
なので、これは想定外の事態である。
(いや、しかし、これはこれで、都合が良いかも知れぬ)
元々、あまり綿密な計画は、好みに合わぬ御用猫なのだ、リリィアドーネ達には、場当たり的だ、などと、よく叱られるのだが、ここはやはり、臨機応変に対応しようと考える。
むしろ問題は、そのリリィアドーネの方であったが、向こうには、みつばちも付けているのだ、この様に突発的な事態にも、上手く対応してくれるだろう。
(まぁ、あいつも、なんだかんだで、頼りには、なるからな)
駄目な女ではあるが、仕事に関しては信頼出来る、と、最近の御用猫は、彼女の評価を、多少、上方修正しているのだ。
とにかく、しばらくは様子を見ようと、御用猫は身を屈める。
「何ですか、あなた方は! 神聖なる、レウルク様の御前で、この様な……ッ」
ずかずか、と大股で近付き、責任者らしき、尖った顎髭の騎士に突っかかったメルクリィが、裏拳を頬に受けて地面を舐めた。相変わらず、恐れを知らない女である。
「貴様! 護るべき民に手を上げるなど、騎士のする事か! 」
大声で難詰する御用猫を、数人の騎士が取り囲む、倒れたメルクリィの元に子供達が集まり、素振り中であったマイクは、木剣を握り締め、庇うように、彼女達の前に立った。
「我ら、騎士が護るべき民とは、善良で勤勉な者達の事だ、働きもせず、国からの金に頼り、浅ましく生きる薄汚い者共には、相応の扱い方があろう」
「貴様ッ! 」
御用猫は、左手を剣に伸ばしかけ、すんでのところで手を止める。ここで先に抜けば、罪に問われるのは、こちらの方であろうと気付いたのだ。
「まぁまぁ、辛島の旦那、落ち着こうや、どうやら、あちらさんは何かの勘違いをしてるらしい、ここは大人しく従おう」
ゲコニスは御用猫の肩を叩くと、彼の左腰から大小を抜き取り、自分の十手剣と共に、遠くに放り投げる。
「ふん、そのカエル面の方が、余程に世の中を知っておる……何が、名誉騎士だか知らぬが、調子に乗って跳ね回るから、この様な目に遭うのだ」
「その顔……知っているぞ、確か、ガリンストン……何故、テンプル騎士が、北町のいざこざに出張って来るのだ、制服も着ずに……貴様、誰の指示で動いている? 」
御用猫の言葉に、ガリンストンと呼ばれた顎髭の騎士は、その鷹のように鋭い眼を光らせる。
「何と、愚かな者であろうか……言葉を口にする前には、一度、頭の中を巡らせろ、自分の言葉が、周囲に、どの様な影響を及ぼすのかをな……考え無しに生きていると、若い身空で命を散らすことになる」
(確かに、全く、その通りだな)
何やら喚く御用猫をよそに、ガリンストンは、彼等の捕縛を部下に命じ、ノムラン司祭を引き摺るように引っ立てると、庭の中央に向き直る。
「司祭殿、これで全員か? 」
「は、はい、小さな子達も合わせて、これで」
満足そうに頷くガリンストンに、マイクを押し退け、再びメルクリィが噛み付いた。
「辛島さんとゲコニスさんを離しなさい! 彼等に、何の罪があると言うのです、このような無法、神がお許しになると……ッ」
再び殴られ、メルクリィが倒れ臥す、先程よりも、力の込められた一撃だった。
「姉ちゃん! ちくしょう! 」
マイク少年は、果敢にも木剣を振り上げたのだが、打ちかかる事も出来ずに、腹を押さえて蹲ると、食べたばかりの昼食を、全て吐き出してしまった。
「うぐぅ……ふごっ」
素人少年の目には見えぬ程の速度で、剣の柄を腹に叩き込んだのだ。騎士の最高峰と呼ばれる、テンプル騎士、その技の冴えは、流石と言うほかは無い。
「マイク……なんてことを……ッ」
痛みを堪え、彼に駆け寄るメルクリィの腹を、ガリンストンは爪先で蹴り上げる。
「よし、後は貴様らに任せる、好きにしろ」
あまりの苦しさに、今度こそ動く事も出来ぬメルクリィに背を向け、顎髭の騎士は、門外の護送馬車に歩き出す。
「貴様……貴様は……許さぬぞ……この、私の名にかけて、必ず、報いを受けさせる……」
両手に縄を掛けられ、震える御用猫のかんばせは、あまりの怒りで、もう、例えようのない色を見せているのだ。
「旦那、ここは、堪えて、堪えて」
げこげこ、と、必死になって彼を宥めるゲコニスは、警棒で突かれながら、馬車に押し込められた。
「貴様も早く乗れ、喧しい奴だ」
どう、と腹を蹴られた御用猫は、身体を折って、ガリンストンを見上げる。
(臨機応変とは言ったが……これは、ちょいと、許せぬな)
御用猫の、その目に浮かぶ怒りの炎は、間違いなく、延焼するだろう。
鎮火する術は、今から考えておかねばならない。
こちらの方は、臨機応変、とも、いかぬのだから。




