神頼み 11
御用猫は、神など信じていない。
たまに餌をくれる、勝利の女神に感謝する事はあるが、神殿にまで足を運んだ事は、結局、一度も無いのだ。
もしも、幼い頃に、何処かの神殿か、教会にでも駆け込んでいたならば、自分の人生も変わっていたのだろうか、などと思う事はあれど、当時の御用猫は、そういった宗教、神官達に、強い不信感を持っていたのだ。
結局、父が死に、とある剣客に拾われるまで、御用猫は、まさに野良猫の如き生活を続けており、そして、その恩人たる剣客も、十年前に、自らの仕事としたのである。
(まぁ、これで、神を信じろ、などと言われても、どだい、無理な話ではあろうさ)
そんな事を考えながら、御用猫は、北町の裏通りを歩いていたのだ。
北町だからといって、特段、寒さがきつい、と言う訳でも無いのだが、この日は、強い北風が街を吹き抜け、舗装の行き届かぬ街外れでは、乾いた砂が宙に舞い、御用猫は、何度も目を擦り、その度に足を止める。
「先生ぇー、猫の先生ぇー、お腹が空きました、もう少し、賑やかなとこ行きましょうよ、久しぶりに、なんか肉々しいモノ食いましょう、ラクダになりますぜ、ぐぇー」
メルクリィの教会で暮らし始めてから、既に一週間が過ぎようとしていた。色々と、問題は頻出していたが、子供達にとっては、それすらも、楽しい時期であるようだ。慌ただしくも、少しづつ、皆に笑顔が増えてきたような気もするのだ。
メルクリィには仕事を辞めさせた。まずは、教会内の子供達が、彼女が居なくとも、家事をこなせるように、しなければならないだろう。
当面の生活費は、御用猫が肩代わりしていた、当然に、メルクリィは、眉を吊り上げ、固辞してきたのだが。
「勘違いするな、これは貸すだけだ、きちんと、利子も取る、今、リリィの伝手で、国から教会に、支援金を貰えるように手配しているところだからな……それが貰えたならば、全額回収してやるさ」
そもそも、国から認められた宗教施設なら、当たり前に支援金が出るのだ、孤児の面倒も見ているならば、食費に相当する額も貰える筈なのだ。
御用猫は口に出さぬが、目星はついている、しかし、後腐れのないように、裏で関わる悪党共も、この際、芋づる式に引っ張り出すつもりであった。
「そうだな、イモなら、後で沢山、食えそうだしなぁ」
「……そんな汚いイモは、勘弁でごぜーますよ? 」
違いない、と笑い、御用猫はチャムパグンを背負い直すと、街の中央に向き直り、歩き始める。
随分と捻じ曲がった、辛島ジュートの噂話を耳にしているならば、さぞかし、ダラーン伯爵は、腹に据えかねているであろう。
あれ程に、しっかりと名乗りを上げたのは、教会やリリィアドーネに、報復の目を向けぬ為だけ、という訳でも無いのだ。
こうして、人気の無い場所をうろつけば、ダラーン絡みの襲撃でもあろうかと、密かに期待したのだが、どうも、そうそう、都合良くもいかないようである。
串肉の屋台で、卑しいエルフに肉ちからを補充すると、御用猫は、土産にと、店の串肉を買い占め、両手に袋を下げて帰路についた。
両肩には、卑しい太ももを乗せている。手が塞がったので、降りろと命じたのだが、この卑しいエルフは、逆に、上によじ登ってきたのだ。
またぞろ、小さな子に群がられるから、教会内前で降りろよ、とだけ告げると、彼女は、機嫌良さそうに、ぺちぺち、と御用猫の頭頂部を叩いて調子を取るのだ。
(肩車が、できなくなる前に、また、ゆっこの処にも顔を出さねばな)
アルタソマイダスとの噂の理由が、それ、だとも気付かず、御用猫が、少女に会いに行く段取りを考えていると、いつの間にか、隣を、みつばちが並んで歩いていた。
「……あなた、ひとつ持ちますわ、荷物の重さより、私の温もりを、感じて欲しいもの」
「おかーさん、そーゆーのは、おうちでやらないと、はしたないって、おばーちゃんが」
「やだ、お義母さまったら、この子に、なんて話をしてらっしゃるのかしら」
「……なに、最近は小芝居が流行ってんのか? 」
花吹団の演目ですよ、とみつばちは言うのだが、これは、御用猫の予想以上に、大衆的な演劇であるようだ。
「なんか、一周して、興味湧いてきたな……んで、何か分かったのか」
「はい、先生の予想通り、クレオファミリーは、ロンダヌスと、人身売買の取引があるようですね」
この国にも、少数ながら、奴隷は存在する。国外から購入した奴隷を、貴族や大商人が、使用人として囲うのが殆どであるが、奴隷は、あくまで財産であり、大切に扱われる。クロスロードで、奴隷を虐待する主人は「粋」では無い、と揶揄されるのだ。
むしろ、北の国境付近で、強制労働させられる犯罪者達の方が、余程に、奴隷らしい扱い、を受けていると言えるだろう。
だが、国内で、一般人を奴隷にする事は、固く禁じられており、奴隷売買は、死罪であるのだ。
「うぅん、証拠を集めて、水神騎士団に突き出すか……なんか、俺がやる仕事じゃ、無い気もするが」
「黒雀が帰還したなら、こちらで、全て処理しましょうか? 」
御用猫は、空いた片手で、みつばちの頭を叩くと、顎を擦って考えを巡らせる。
「いや、急に、裏の勢力図が変わるのは、良くないな……クレオの三代目だけ、上手く排除して、人身売買の伝手を潰してしまおうか……彼奴に、賞金がかかってりゃ、話が早いんだがなぁ」
「ゆっくり、考えましょう」
みつばちが、手を握ってくる。端から見れば、仲の良い家族にしか見えぬであろう。
「どうせ、猫の先生は、教会が落ち着くまで、面倒を見る、おつもりなのでしょう? 」
くつくつ、と、笑うみつばちである、最近は、彼女も、良く笑う様になってきていた。御用猫は、彼女のその顔が、嫌いではなかった。
「さてな、とりあえず、その方向で考えておいてくれ、消えた金の流れもな、どうせ、行き着く所は同じだろうが……あと、見られたら怖いから、手を放せ」
「……誰にだ? 」
お前にだよ、と言い残し、御用猫は、全力で走り始める。
肩車されたままのチャムパグンは、ひとり、楽しそうに、両手を広げていたのだった。




