神頼み 3
御用猫が遭遇したのは、若い女性を囲む、いかにも、な風体をした、五人のならず者であった。
彼が、一目で、男達を、ならず者だと断じたのは、彼等の左手に、揃いの黄色い組紐が巻かれていた為である。
それは、北町を仕切る、やくざのひとつ「クレオファミリー」の目印であったのだ。
もっとも、若い女性を大勢で囲む時点で、ならず者か、それに類する者である事には、違いないだろうか。
「何ですか、あなた達は」
しかし、誰何の声は、囲まれた方から発せられたのだ。落ち着いた茶色のワンピースの上に、防寒用であろう外套を羽織る、茶金髪を肩の辺りで切り揃えた、この二十代半ばの女性は、少し、きつそうな目元を更に釣り上げ、御用猫達を睨み付けるのだ。
「え、私達は、いや……そう、通りがかっただけの者だが」
「そうですか、てっきり、この方達のお知り合いかと、失礼しました」
両手を腹の前で重ね、ぺこり、とお辞儀した女性は、もう、御用猫達に興味を失ったのだろう、自分を囲む男達に、何やら説教だろうか、お小言を再開するのだ。
しかし、言われる方のやくざ達は、にやにや、と、嫌らしい笑いを顔に張り付け、彼女の言葉を笑い飛ばし、その身体に触れては、ぴしゃり、と手を叩かれている。
「……いやいや、おかしいだろう! 」
しばらくの間、固まっていたリリィアドーネが、声を荒げて囲みに近づく。
話を遮られた女性は、再び彼女を睨み、新しい羊の乱入を見て、男達は、楽しそうに囲いを解くのだ。
「何でしょうか、貴女にお話する事は、特にありませんが」
「そちらに無くても、こちらにはあるのだ! 街中で女性が襲われているのを、見過ごせる訳があるまい」
リリィアドーネの宣言に、男達は顔を見合わせ、大声で笑い始める。
「うひゃひゃ、なにこいつら、今日は変わった女に、よく出会うわ」
「私は、襲われてなどいません、不埒な真似をしようとした彼等に、神の心を説いて聴かせているだけなのです」
男達は面白がっていたが、女性の方は、至極真面目な面持ちであるのだ。
話を聞いてみれば、このやくざ達が、先ほど、少々強引に、物売りの少女に粉をかけていたところ、この女性が現れ、いきなり説教を始めたというのだ。
「だからー、俺らはさ、代わりに、この姉ちゃんに相手して貰ってるだけ、なわけ、わかる? 」
にやついた茶髪の男が、腰に手を当て、リリィアドーネに顔を近づける。すい、と距離を離した彼女であったが、男の方は、満面の笑みを作り出し。
「いや、あんたも、相当可愛いじゃん……なぁ、そっちの兄ちゃんさ、俺ら、五人じゃん? 数が合わないんだよな、困ってんだよ……なぁ、お前、もう帰れよ、あとは、こっちで楽しくやるからさ」
馴れ馴れしくも、茶髪の男が、リリィアドーネの肩に手をかけようと、その手を伸ばした瞬間。
「その娘に手を出すな……怪我したくは、ないだろう」
どす、を効かせた御用猫の声に、茶髪は手を戻すと、自らの額に当て、大袈裟に首を振りながら、溜息を吐いたのだ。
「でたでたぁー、女の前だからって、いるんだよなー、こういうの、はぁ、かっちょいい兄ちゃんだなー」
今の今まで、だらしない顔つきであった茶髪の男は、急に目を細めると。
「……手前ぇ、こいつの色が分かんねぇのか? 俺らを、誰だと思ってんだ、あぁ? 」
左手首の組紐を揺すりながら、声の調子を上げてゆくのだ。先ほどまで説教していた女性は、やくざの一人に、既に口を塞がれ、手首を押さえられていた。
しかし、御用猫相手に、その程度の脅しなど、子供の虚勢に等しいだろう。今まで仕事にしてきた、海千山千、手練れの賞金首達に比べれば、何とも、他愛のない相手なのである。
「……お前らこそ、誰にものを言ってるのか、分かっているの、だろうな? 」
この人数差で脅しても、些かも動じず、逆に前に出てくる、黒髪の冴えない男を見て、やくざ達の間に、少しばかり動揺が走っただろうか、無理もない、今までに、この様な経験、彼らには無かった事であろう。
「いいか、聞いて驚け、こちらにおわす、お方はな……」
「まて! 何で私に振るのだ! 」
思わず、はしたなくも、御用猫の肩を叩いたリリィアドーネである。僅かに膝が抜けたのは、脱力してしまった為だろうか。
「なんだよ、良いだろう、今更、串刺し王女の悪評が、ひとつふたつ、増えたところで」
「そうではない! そこは普通、お前の名前を出すだろう! 途中まで、少しだけ、格好良いと思ってしまった私が馬鹿だった! というか、悪評とは何だ! 私は誰に恥じる事なく」
リリィアドーネが、そこまで言った所で、茶髪が宙を舞った。
「げぇっ! 」
彼女に投げられ、地面で強かに背中を打ったのだろう、茶髪は肺から息を残らず吐き出し、えづきながら蹲る。痺れを切らして掴みかかったは良いが、しかしこれは、相手が悪すぎただろう。
「今日は公休なのだ、時間も無いのだ、邪魔をするなら、手加減できぬぞ」
彼女の宣言は、しかし、逆効果であったようだ。各々が、懐からナイフを取り出し、腰の前に突き出して、ちらつかせる。どうやら、喧嘩慣れはしているようだ、刃物を取り出す動きも滑らかで、相手を傷付ける事への、忌避感も無さそうだ。
「……やめとけ、刃物を出したなら、喧嘩じゃ済まないぞ」
御用猫は、強く言いながらも、気分が沈んでゆくのを感じていた。これは、しかし、折角の逢瀬を邪魔されたからでは無い。
(なんだ、やはり、大雀の、言った通りになってしまったな)
言葉で収まるならば、それが良いに決まっているのだ。
いるのだが、今の場面、御用猫には、どうやっても、収める事は出来なかったであろう。
大雀の事を、嫌な奴だと嫌ってはみても、結局、力に、もの、をいわせる解決法しか、自分にも見つからないのだ。
同類なのだ。
最後には、血を啜る事しかできぬ、獣であるのだ。
「おぅ、クレオファミリーに手を出して、ただで済むと思ってんのか? 」
「思ってないから、謝るからさ、ここは、俺の顔に免じて、引きあげてくんないかなぁ」
こめかみを揉みほぐす御用猫に、ふざけろ、と突き出されたナイフは、しかし、持ち主の肩に突き刺さるのだ。
手首と、肘の内側を叩き、ナイフの向きを裏返しただけの事であったのだが、カディバ一刀流では「辻返し」などという、大層な技名がつけられていた。
「あぁー」
自らの刃物で溢れる血を掬いながら、男は悲鳴とも、悲嘆ともつかぬ声を漏らし続ける。
「早めに手当てしてやれ、そいつ、場所が悪いぞ? ……で、次は誰だ」
御用猫は、この中では一番偉そうな態度であった、茶髪の男に問いかけるのだが。
「ちくしょぅ、覚えたからな! 」
何とも、分かりやすい捨て台詞と共に、怪我をした仲間を抱えて走り去っていったのだ。
「……悪かったな、説法の邪魔をしたみたいで」
それじゃ、と手を上げ、御用猫は、リリィアドーネの背中を押しながら、そそくさと、歩き出すのだ。
「え、え? もう行くのか? しかし、彼女を置いては……」
しかし、彼は、その声を無視する。取り敢えず、この場からは、離れておきたかったのだ。
先ほどのやくざ達が、仲間を増やして戻ってくる事も、確かにそうなのだが。
御用猫には、第六感のようなものがある。
それが、今、まさに、働きを見せていたのだ。
(この女には、関わらぬ方が良い)
間違いない、面倒な女だとか、役に立たない女だとか、そういった可愛げのある煩わしさでは無い、と、野良猫の本能が、危険を告げていたのだ。
「……待って下さい」
そらきた、と、御用猫は足を早める、リリィアドーネが、何か言いたそうな顔をしているが、後で説明すれば良いだろう。
兎に角、今は、ここを離れて。
「待って下さい、待てと言って……待てぇ! 」
ついに、走って追いかけてきた女は、真新しいジャケットの袖口を、乱暴に掴むのだ。
御用猫は、露骨に嫌そうな顔を、女に見せつけながら。
(殴り倒して逃げるのは、流石に不味かろうか)
などと、半ば本気で考え始めていたのだった。




