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続・御用猫  作者: 露瀬
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神頼み 1

 十一月も終わりに近づき、朝方の冷え込みは、夢の中でさえ、御用猫の身も心も震わせる。ゆるりと目を開いた彼は、もう一度、布団の中で身じろぎする、これは最後の抵抗であろう。


 しかし、目覚めたは良いが、こうも寒くては、流石に、そろそろ洗顔も億劫になってくるのだ。


 身を起こした御用猫は、隣でだらしなく伸びるチャムパグンの身体を引き寄せると、湯たんぽ代わりに抱き締める。驚く事に、寝ているにも拘らず、彼女の身体周りだけ、見えない毛布でもあるかの様に、ほかほか、と快適な温度が保たれていた。


(相変わらず、呪いとは便利なもの……いや、こいつのは別格だろうか)


 などと考えつつ、不可視の毛布ごと、彼女を膝の上に抱き込み、御用猫は、その、余りの温かさに、うつらうつら、と、船を漕ぎ始めるのだ。


「……最近、思うのだ、本当に、お前は、どうして、こうも、幼子に甘いのかと……距離が近いというか、気安いというか……正直、不安になる」


「んん、リリィか……おはよう……今日も可愛いな」


 小エルフの頭頂に顎を載せ、御用猫の返事は、なんとも、お座なりである。はたして、リリィアドーネを視認しているのかどうかも、怪しいところであろう。


「だから、軽いと言っている! もうっ! 」


 頬を膨らませると、彼女は、少々乱暴に、御用猫の隣に腰を下ろした。


 今日の彼女は、非番であろうか、白いシャツに、短いが厚手のベージュのスカート。その上から、オレンジ色のピーコートを着込んでいる。相も変わらぬ滑らかな肌と、絹糸のような細髪、絵画のように完成された、しかし、どこか未熟さを感じさせる美貌は、とても凄腕の剣士とは思えぬのだ。


 もしも、御用猫の頭が、はっきり冴えていたとしても、同じ言葉が口をついて出ただろう。


 しかし、朝食を作る前に、彼の元へ現れたのが、彼女の間違いといえば、そうであろうか。


「……なんだ、妬いてるのか、仕方のない奴め、ならばお前も、湯たんぽにしてやろう」


 温かくも卑しいエルフを放り投げると、御用猫は、彼女のコートの下に、両腕を滑り込ませ、ベッドに押し倒すと、そのまま、彼女の薄い胸に顔を埋めたのだ。


「ぴっ! 」


「……んん、ぬくいぬくい、なんだ、意外と、いけるじゃないか」


 たちまちに眠りに落ちる野良猫なのである。いつまでも降りてこぬ二人に、なにやら、いらぬ気を利かせたものか、マルティエ達が起こしに来なかった為、本日、御用猫がリリィアドーネの朝食にありつく事は、叶わなかったのである。



「全く、そんなに文句を言うのならば、今朝、ちゃんと起こせば良かっただろうに」


 結局、彼女が固まったのを良い事に、昼前まで惰眠を貪った御用猫は、そのリリィアドーネと向かい合わせに、少し早めの食事中なのである。


「ぐぅ、それは、そうなのだが、あの時は、私としても、ひょっとして、ひょっとするのではないかと、期待していたというか、もう少し待てば、何かあるのではないかと……うぅん、もういい! 早く行こう、花吹団の昼公演は二時からなのだ、なかなか取れぬ切符だと、折角、アルタソ様から頂いたのに、無駄には出来ぬ」


 御用猫も以前、耳にした事はあったが、現在、クロスロードで人気の花吹団は、少女ばかりを集めた演劇団で、分かりやすく軽妙な芝居と、少々、露出の多い衣装での歌唱演舞が評判なのである。


 しかし、世間での話を聞く限りでは、およそ、リリィアドーネの好みに合う舞台とも思えぬのだが。


(まぁ、こいつの事だ、評判を全く知らないか、それとも、アルタソあたりに騙されたかの、どちらかであろう)


 そして、いざ、舞台上の少女達を目にして、真っ赤になるが、生真面目な彼女のことだ、客席で騒ぐ訳にもいかず、後になって、やれ破廉恥だの、卑猥だの、と御用猫に文句を言うのだろう。


 そうに違いない。


 しかし、それはそれで揶揄い甲斐があるだろうか、御用猫は心中で笑いながら、厚切りのベーコンを腹に収めると、チャムパグンを膝から下ろし、テーブルの上に残る料理を、全て、彼女の小さな口に詰め込んだ。


 脛の辺りを蹴られはしたが、もっちゃもっちゃ、と、幸せそうな顔で咀嚼を続ける、卑しいエルフに、土産を買ってくるからと頭を叩き、リリィアドーネを連れ立って店を出る。




 結局のところ、切符は無駄になり、御用猫は、またしても面倒ごとを抱え込む事になるのだが。


 もしも彼が、あと僅か、早起きしていたならば、これは、回避できていた筈の事柄なのだ。


 全ては、怠惰な御用猫の招いた、自業自得、なのだった。



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