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続・御用猫  作者: 露瀬
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魔剣 いとのこ 19

 猪口に残る酒をひと息に、御用猫は、目を閉じると、至福の溜息を零す。


 既に、定例会と化した感のある、マルティエの亭、での宴会であったが、今宵に限っては、実に、ゆったりと、御用猫は、寛げていたのだ。


 隣で腹を出すチャムパグンは、それに負けぬ大きさの鼻提灯を膨らませ、膝の上の黒雀も、満足するまでの食事を終えると、いつものように、御用猫の鎖骨に吸い付くのだ。


 幻死の呪いは、本人が、それ、に気付かぬ事が条件である為、その呪いの存在を知った御用猫には、二度とかけられぬ筈であったのだが。


(まぁ、なんか幸せそうだし、この程度で恩返しになるなら、安いものか)


 などと考えていた彼の、鎖骨の辺りを、いつの間に越えたものか、首筋から頬の辺りにまで、黒雀は進出していたのだが、御用猫は、さして気にするでもなく、彼女の髪をひと撫ですると、普段よりも上等な清酒を、並々と猪口に注ぐ。


 テーブルの向こう側では、リリィアドーネとみつばちが、仲良く並んで御用猫を睨んでいたが、今回は、黒雀に命を救われているのだと、多少の我儘に目くじらを立てぬように、と、予め言い聞かせておいたのだ。


 リリィアドーネはあの性格である、そうと言われてしまえば、決して文句は言わぬであろう、みつばちにしても、今回は大雀の事で、随分と、申し訳なさそうにしていた。


 その事に関しては、もう気にしていなかったし、そもそも、責めるつもりなど無い御用猫ではあったのだが、彼女が静かになるのは、大歓迎であるし、しばらくは、このままにしておこうと黙っておいたのだ。


 当の大雀は、隅のテーブルで、ひとり、黙々と料理を腹に詰めている。


「ごめんなさい、話には聞いていたのです、ここの料理は、一度、食べてみたいと思っていたのです、正直、美味しいです、ばりうまです、なので、猫の先生、身辺警護の任、次からは私に……あ、そうですか、ごめんなさい」


 特に悪びれた様子もなく、宴会に参加し、恐るべき勢いで食べ続ける大雀に、開始早々、マルティエが泣き顔を見せた為、食事が落ち着くまで、ティーナとサクラ、それに、リリィアドーネまでもが、厨房に入る羽目になっていたのだ。


 しかし、リリィアドーネも、随分と料理の腕が上達したようだ、マルティエに、戦力として期待される程であるのだから。


 明日には、早速、朝食を作りにやってくると言うし、これは期待がもてるであろう。


 御用猫は、すっかりと、白さと瑞々しさを取り戻した、黒雀の太腿を揉みしだく。なにやら、以前より、もちもち、とした感触のような気がするのだ。


 彼女の下半身は、さらなる高待遇とひきかえに、チャムパグンの呪いで治療したのだが、そのせいであろうか。


 「もちもち」


 自慢げに鼻を鳴らす黒雀の頬を、そうだな、と、両手の平で挟むと、彼女は、そのまま、御用猫の口に吸い付いてきた。


「ッそれは! 流石に見過ごせん! なんたる卑猥か、はれんちな! ずるい! 」


「穢らわしい毒婦の分際で、先生のご寵愛を、独り占めしようなどとは……廃棄、やはり、廃棄処分に……」


 がたがた、とテーブルを揺らす二人に振り向く黒雀は、さぞかし、勝ち誇った顔をしていたのだろう。


「生きるのも、死ぬ時も、一緒、誓った、これはもう、めおと」


 露骨に煽る少女に、普段は、犬猿ともいえる二人が、手を組んで、きぃきぃ、と反論を始める。


 多少、騒がしくはあるが、御用猫は、まこと、寛げていたのだ。


 何しろ、今日の主役は、別に居るのだから。


 今回の宴は、アドルパスと、アルタソマイダスの催したものだったのだが。


 その理由は、リチャード少年が、ゆっこを攫おうとした不届き者を、四人も斬り倒し、見事少女を守り抜いたからであったのだ。


 獲得した賞金も、合わせて三千万、御用猫と田ノ上老は元より、出会う人出会う人が、皆、手放しにて、リチャード少年を褒め称えたのである。


 サクラだけは、些か、むくれていたが、彼女とて、リチャードが褒められて悪い気はしないのだ。


 そして、あれは、くるぶしの手柄でもあるのだと、謙遜し、畏まる少年を中心に、宴は盛り上がっていたのだが。


 やはり、爆弾を投下したのは、空気の読めぬ、この男であったのだ。


「いや、しかし、なよなよして、未熟な小僧だとばかり思っていたが、なかなかどうして、骨がある、気に入った! おう、リチャードよ、十五になったら、ゆっこと婚約しろ、二十歳で結婚だ、まぁ、それまでなら、遊びも許してやろう、今のうちに、辛島にでも」


「はぁあぁあぁっ!?」


 素っ頓狂な叫びは、当然にサクラのものであったのだが、この酔った赤熊は、聞く耳というものを、自宅に置き忘れてきたようなのだ。


「アルタソも良いな? 婚約の式はどうする? いや、先に花嫁修業か、そうだ、五年しかないのだ、マルティエ! 料理だけ、お前が教えてやってくれ、この味は、お前にしか出せんからな」


「はぁ? はっ? ちょっと、何を言ってるのか、分からないのですが! 」


 興奮し、一瞬で真っ赤に茹で上がったサクラを、横からフィオーレが嗜める。


「サクラ、少し落ち着いて、深呼吸して……ねぇ、私は、賛成ですわ、リチャードは、造りも良いですし、成人したならば、あちこちから、色々な誘惑があるでしょう? ですが、早めに婚約すれば、そういった話も無くなるのです、あぁ、でも、サクラはまだ十三なのですし、慌てる事は無いのです、ゆっくり考えて……」


「ゆっこちゃんは十歳でしょう! なんですか、喧嘩を売っているのですか、やる気ですか! 」


「わたしは、リチャードさま、好きです、すこし、頭が固いですけど」


「おぉ、そうかそうか、決まりだな、アルタソも良いか? 良いな、おい、田ノ上よ、五年で、テンプル騎士程度に、こいつを鍛えられるか」


「はぁ……全く、勝手な事ばかり言いおって、いうておくが、そっちの娘が、妾になるのが、筋であるからな」


「何だと! 貴様……はっ、いい歳して、新しい女なぞ作りおってからに、新しい妾も、作るつもりなのだろう」


「……あぁ? 」


「おぉん? 」


 サクラとフィオーレ、それにアドルパスと田ノ上老。一触即発のテーブルを、見事な隠形で抜け出し、御用猫の元に現れたリチャード少年は、何とも情けない表情である。


「……若先生、こういった場合、いったい、ぜんたい、どうすれば、良いのでしょう」


 腹を抱えて笑う御用猫は、涙を拭うと、親指で外を指差す。彼にとって、初めて体験する修羅場、その、対処法を指南するのだ。


「ふふ、そうだな……取り敢えず、走って逃げろ、明日になれば、皆、忘れてるさ」


 なんとも素直に、駆け出す少年を見送り、御用猫は、もう一度、酒を呷ると、至福の息を漏らし、その目を、閉じたのだった。









ひとりは寂しと死神に


おてて繋いで黄泉がえり


次に来るときゃ他あたれよと


坂の上までお見送り





御用、御用の、御用猫








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