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続・御用猫  作者: 露瀬
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魔剣 いとのこ 18

 ごろり、と転がる、それ、と胴体を跨ぎ、御用猫が姿を見せた。


 右手には井上真改二、左手には無銘の脇差を構え、餓えてぎらつく、しかし、どこか不敵な視線は、野良猫の野生、その現れである。


 しかし、明らかに普段と違うのは、帯で丁寧に背負われた、黒エルフの少女。


 彼女の忍術で姿を隠し、戦いの喧騒に紛れて、大胆に近づくと、バリンデン一家の、その首魁を仕留めたのだ。


「親父ぃ! 」


 クロンと揉み合う、ビッタンが、悲痛な叫び声を、細い喉から絞り出す。


「クロン! もっと、頭を使え! 」


 御用猫は、大股に歩を詰めながら、声をあげる、しかし、その視線が、揺らぐことは無い。


 彼の声が届いたものか、クロンは、両手でビッタンの生きた左腕を封じると、その、コブダイにも似た、つるり、と突き出す額を、目の前の敵に叩きつける。


「ぐぇっ! 」


 鼻を潰された槍使いは、何とか、頭突きを防ごうと試みるのだが、手首を失った右手からは、急速に血液と力が失われてゆくのだ、基礎の基礎から、田ノ上老に鍛え直された、クロンの膂力に、抗う事は叶わぬであろう。


 ごっちゅごっちゅ、と、余り、気分の良いとは言えぬ音楽を背に、御用猫は、歩を詰めるのだ。


 目指すのは、ただひとり、である。


「なんじゃ、良いところで、邪魔をしおってからに」


 すっかりと、毒気の抜けてしまったような表情の、「石火」のヒョーエは、つい、と距離を置き、腹を空かせて帰って来た、野良猫の戦いを、見守る事にしたようだ。


 田ノ上老は、正直なところ、この、久方振りの好敵手、譲るには惜しい、とも考えたのだが。


(ふふ、黒いの背負って、何するつもりやら、ちと、興味あるしのう……まぁ、仕方あるまいか)


 ずかずか、と一直線に進み続ける御用猫に、好奇心の方が勝った、という事なのだろう。


「ど、ど、どうして、生きていた、た、確かに、抜いた、抜いたはずなのだ」


 ぎょろぎょろ、と、目を剥く隈侍は、初めて、動揺を見せる。元々の目が、糸のように細かったとは、思えぬ程の開きようであるか。


「さあな、お前も死んで、試してみるか? 」


 ぴたり、と歩みを止め、御用猫は、井上真改二を、隈侍に突きつけるのだ。


 背中の黒雀も、眼帯を投げ捨てると、両手に暗器針を構え、いびつな笑みで、ひっきひっき、と、いつもの、しゃっくりの様な笑い声をあげ始める。



「さぁ、いくぞ、いとのこ野郎、俺達が、稽古をつけてやる」


「ひっ、帰って、これる、思うな、よ」


 次の瞬間には、きんっ、と甲高い金属音。


 それを合図に、御用猫は一気に飛び込む、真っ直ぐにだ。防御の事など、まるで考えていない、人智を超えた動きを見せる、隈侍の糸分銅であったが、黒雀の金眼に軌道を見抜かれ、全て迎撃されているのだ。


「はぁッ! 」


 気合い充分な、御用猫の片手突き。右手の太刀を思い切って伸ばし、身体が沈む程、一歩を大きく踏み込んだ。


 これは、リリィアドーネの動きである。カディバ一刀流と、田ノ上念流、双方を知る、この隈侍相手には、知らぬ技の方が意表を突けるであろう。


 そう、御用猫が考えていると、思わせるのが狙いであった。


 この隈侍にとって、御用猫の突き程度、普段なら、難なく躱せる鋭さであるのだが、今回は、退がる事を選択するのだ。


 なぜならば、全く同時に、黒雀の暗器針が、隈侍の逃げ場を奪う様に、投擲されていたのだから。


 受ける、という選択をしなかったのは、御用猫の脇差を警戒したからである。迂闊に間合いを詰めれば、背中の不気味な針投げ女にも、さらなる注意が必要であるだろう。手の内を知らぬ相手に、危険は犯せない。


 隈侍は、異様な雰囲気外見の割に、「理」で動く剣士であったのだ。


 御用猫は、そこを突いた。


「鋭ッ! 」


 目一杯に伸ばした太刀の柄頭、兜金を、脇差で更に突いたのだ。


 正確に中央を貫き、井上真改二の茎を捉えた脇差は、一本の剣と化す、この、カディバ一刀流「なかご突き」は、最初の突きよりも、速く、鋭く、そして、魂が込められていた。


「ぎっつ! 」


 しかし、御用猫渾身の一撃も、隈侍の命には届かなかったのだ。左手を盾に剣を払い、体勢を立て直す。


 ぷらり、と垂れ下がった、彼の左手首は、皮一枚で繋がってはいたが、糸分銅は、もう扱えまい。


(重ねて、もうひとつ! )


 一気呵成に攻め立てようと、前傾姿勢の御用猫は、飛び出す為に力を込める。


 しかし、彼よりも速く、二つの影が、この戦いに乱入してきたのだ。


「しぃ、ねぇぇぇっよやぁぁっ! 」


 太陽を隠す位置取りから、巨大な金棒を振り上げた、金髪の山エルフ。


 彼女の、本気の隠形であった。いかな隈侍も、意外な攻撃に傷を負った、今、この瞬間だけは、隙が生じていたのだ。あの、いかにも他人を見下す、自尊心の塊のような大雀が、不覚を取りながらも、その恥に耐え、あれからずっと、身を隠し、全く、殺気も気配も感じさせずに、この一瞬だけを、狙っていたのだ。


 本来ならば、これで終わっていたのだが。この戦場で、ただひとり、大雀の存在と、隈侍の危機を察知し、飛び込んできたのは、バンス バリンデン。


 受けた恩義は、必ず返す男であったのだ。


 バンスは、十字に交差させた太い腕を掲げ、大雀の金棒を受け止める。腕力ならばロンダヌスいち、と、密かに自負する、巨漢の彼をもってしても、大雀との単純な力比べでは、大人と赤子程にも差があったのだが。


「ぬがおっ! 」


 彼は耐えた。背骨の悲鳴を聞きながらも、耐えたのだ。


 しかし、打ち込まれた衝撃で、がこん、と半分が収納された金棒から、押し出される様に、コの字型の太い針が射出される。


 銀製のステープルは、バンスの頭蓋を割って突き刺さり、その脳漿を、辺りに撒き散らすのだ。


「あはーっ、雑魚がぁ! 邪魔するからだぁ……あぁ? 」


 眼球の裏返ったバンスは、しかし、最期の力にて大雀にしがみ付く。


「いけ……借りは、返した……」


「す、す、すま、すまぬ」


 剣を構えたまま、後ろ向きに、滑る様に走り出す隈侍であったが、唯一追える位置の田ノ上老は動かない。


 手負いとはいえ、打ち込める隙が無いのか。御用猫に任せた以上、手出しはせぬと決めたのか。それとも、自らの命を投げ出し、仲間を守ったバンスの意気を汲み、見逃す事にしたのかは分からない。


「この! 雑魚が! 雑魚が! くたばれ、死に損ないが! 」


 腰に抱きついた巨漢の背中に、肘を落としながら、大雀が悪態を吐くのだ。一撃ごとに肋骨が砕け、盛大に血が飛び散る。


 良く見れば、バンスの背中には、大きな刀傷がある。戦いの途中で「雷帝」ビュレッフェに背を向けたのだ、当然であろう。


 致命傷を負いながらも、恩人を逃す事を選んだバンスは、しかし、遂に事切れ、力無く、ずり落ちてゆく。


「糞がァ! 逃した! 逃した! ごめんなさい! 」


「……お前は、もう帰れよ、ほんとに」


 地団駄を踏む大雀に、ほとほと呆れた御用猫は、背中の黒雀を、ひと撫でし、放り投げた井上真改二を拾うと、血を拭い、ゆっくり納刀する。


 戦のあとを見渡せば、クロンの方は、地面に両手を付いて、荒い息を吐いていた。隣には、ぐちゃぐちゃ、になってしまった顔面の遺体が、大の字に転がる。


 何やら、ビュレッフェが声をかけていたが、あちらは問題ないだろう。とりあえずは、ティーナを屋根から降ろして、手当をしなければならないか。


 その後は、マルティエの店まで全速力だ。


 馬の代わりに、大雀に乗って行こうかと、この、役立たずな女に、最後くらいは、働いて貰おうかと考えながら。


 御用猫は、大きく息を吐き出したのだった。





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