表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
続・御用猫  作者: 露瀬
5/128

腕くらべ 4

 徳利と猪口だけを下げ、御用猫は道場の縁側に移動していた。


 九月ともなれば、夏から秋へと、空気も変わり始める、何とも知れぬ虫の声と、心地よく身体を撫で通る風に満足し、ここを寝るまでの居所と決めたのだ。


「ま、サクラが拗ねない程度に、よろしくやってくれよ」


 隣に座るティーナに猪口を渡すが、それは断られてしまった、ビールに慣れている彼女は、清酒が苦手のようだ。


「でも、大先生も良い男だし、奥さんも居ないんでしょ? 問題無くない? 」


「それはまぁ、そうなんだけどな」


 言われてみれば、サクラに遠慮する必要もないだろうか、田ノ上老もああ見えて女にはだらしが無いのだ、リチャードが来る前は、よく二人して遊郭に繰り出したりもしていた。


(あれ、ちょっと待てよ)


 よくよく思い返してみれば、以前、サクラ達に、田ノ上の親父は死んだ女房一筋だ、と適当な事を言っていた気がする。


 色々と複雑な事情もあるし、御用猫自身、出来れば触れたくない事なので、その場凌ぎの嘘をついたのだが、そうなると、生真面目なサクラには、ティーナが田ノ上老を誑かす悪女にでも見えているのだろう。


 となれば、これは、自らが招いた不和ではないか、一度誤解を解いておくべきであろう、と、御用猫は眉根を寄せて顎を掻く。


「なぁに、ひょっとして、猫の先生も妬いてるのかな? 」


「いや、顔面を蹴ってくる女は、ちょっと遠慮したいかな」


 ティーナからの口撃に、にやりと笑い、わざとらしく、鼻を摘んで見せる、野良猫の恨みは深いのだ。


「んもぅ、まだ根に持ってたの? 勘弁してよ……正妻さんには、殴られても文句言わないくせに」


「ん? あぁ、リリィの事か」


 それ程に殴られた記憶は無いのだが、毎度毎度、稽古の度に、彼女に叩きのめされている所を見られているので、その印象が強いのであろう。


 そもそも、リリィアドーネの鉄拳制裁に関しては、御用猫の、からかい過ぎ、が原因なのだ、自業自得とも言える。


 そういえば、最近姿を見ていないな、と、僅かな寂しさを覚えるのだが、いざ会えば、間違いなく面倒だと思うだろう。彼女は、一度現れれば、帰るまで、ぴたりと御用猫に付き纏い、決して離れる事が無いのだから。


「ふふーん、遠くを見ちゃって、寂しくなったの? 」


「まぁな……なぁ、お前はどうだ? 寂しいなら、オラン旅行くらい付き合ってやるが」


 ティーナは、オラン近海の海エルフと、元オラン領主の間に生まれた半エルフ。訳あって故郷を離れたのだが、家族と呼べるのは、腹違いの兄であるオランの現領主と、その妻である、種違いの妹、と、なんとも複雑な家族構成であるのだ。


「いい……これ以上、迷惑は、かけたくないからね」


「……そうか、まぁ、そのうち、な」


「うん……そのうち、ね」


 いつか、彼女にも、自分を許せる日が来るだろうか。


 天涯孤独な野良猫には、思うところもあるのだが、自分に口を挟む資格は、無いだろう、と、御用猫は考える。


 時間をかけて、彼女自身が折り合いをつけるしかないのだ。


「ま、それは、置いとこうよ、先生」


 ぱん、と、手を叩き、ティーナは笑って見せる、いつもの笑顔だ。


(この顔ができるならば、今は、良いだろうか)


 ひとつ頷き、御用猫が猪口に酒を注ぐと、横合いから、ひょい、と、奪われた。


「ん、これにも、慣れてみようかなって」


「そうだな、田ノ上の親父も喜ぶぞ、今は、寂しいひとり酒だからな」


 ちびちびと、舐める様に清酒を口にするティーナを見ながら、御用猫は、彼女の髪が、雲に煙る今宵の月の様だと、ふと、そう思い、手を伸ばそうと。


「ゴヨウさん! またこんな所で、いやらしい! ぐうたらしてないで、片付けくらい手伝って下さい、そうしたら、少しお話しでも出来るでしょう! お兄ちゃんを気取るなら、もっと妹を構うべきです! 」


 ふんこふんこ、と、鼻を鳴らし、抗議しながら現れたサクラに。


(ちょうど良い、障りのない程度に説明しておくか)


 ティーナは、しばらく道場に居着くつもりのようだし、サクラと仲が悪いのは好ましくないだろう、みつばちとは、あれだけの悪さをされても打ち解けたのだ、奴に比べれば、ティーナがどれ程、まし、な女である事か、誤解が解ければ、きっと、直ぐに仲良くなるだろう。


「なぁ、サクラよ、大事な話がある、ちょっと来い」


 御用猫が、少し硬い表情を見せると、彼女は、一瞬たじろいだ様子であったが、彼の前に正座し、両手を膝に乗せた。


「いいか、サクラよ、よく聞け、田ノ上老とて男なのだ、まだまだ現役だ、頭の中はいやらしい事でいっぱいなのだよ、それは責められぬ、男なら皆……」


 跳ねる様に飛び掛かったサクラに押し倒され、片手で塞がれた口の上から、ばしばし、と叩かれる。


「あいた、何だやる気か、いいだろう、さっきの決着をつけてやる!」


 神聖なる道場で転がり回る二人に、今日最大の雷が落ちるのは、もうわずか、先のことであった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ