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続・御用猫  作者: 露瀬
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銀盤踝 6

 長々と説教を続けていたサクラであったが、日の傾く頃には、漸くに機嫌を直した様子で、チャムパグンの仕留めた野ウサギを、腕捲りに捌いているのだ。


 一体、何処で身に付けたものか、彼女は、こういった家事について、妙に庶民的である。母親の身分は高いらしいのだが、父方の先代、先先代は貧乏貴族であったという、ならば、祖父母あたりの仕込みであろうか。


「若先生、退いてください、ロシナン子に飼い葉をやらなければなりません、そろそろ、火起こしをしては如何ですか」


 チャムパグンと二人、荷台でくつろぐ御用猫に、リチャード少年が声をかける。彼にしては珍しく、些か棘のある物言いであった。


 街道端の空き地にラバ車を停め、今宵の野営地と決めたのだが、先程から、どうにも彼の機嫌は悪い。


(参ったな、これは、さっきの言い訳が悪かったか)


 サクラの長説法に、痺れを切らした御用猫は、とりあえず褒めそやして気を逸らす作戦を決行したのだが。


「あぁ、サクラよ、済まなかった、しかし、あれは、ある意味、仕方のない事だったのだよ、俺も寝惚けていたし、夢現であったのだ、そんな時に、目の前に、これほど美しく、魅惑的な女性を見とめたら、どうだ、思わず手を伸ばしてしまうのも、無理からぬことだとは思わないか? 」


 たちまちに、今日の夕暮れに負けぬほど真っ赤に染まり、ひとしきり御用猫の肩を叩き続けたサクラであったが、ぷりぷり、と文句は言い続けていたものの、どこか、満更でも無さそうに、頬を緩めるのだ。


 リチャード少年の機嫌が悪くなったのは、その辺りからである。


 御用猫は、彼が嫉妬しているのだろうと思い、こっそりと、その事について謝罪したのだが。


 リチャード少年の機嫌が、更に悪くなったのは、その辺りからである。


(はぁ、どうにも、今日はうまくいかぬ)


 ご機嫌斜めであろうとも、仕事に手は抜かぬ少年の集めた焚き木に、チャムパグンを逆さに振って火を点けると、頃合いを見て太めの薪を足してゆく


 この薪の乾燥も、チャムパグンの呪いで行ったのだ。野ウサギの血抜きから、肉の熟成まで、彼女独自の特異な呪いは、野外での生活にも、まったく、役に立つのだ。


「ゴヨウさん、ウサギは水炊きにしましょう、架台とお鍋をお願いします」


「おぅ、こりゃ、ご馳走だな、初日から、干し肉の世話になるかと思ってたが、運が良かった」


 食事の質を落とさねばならないのが、長旅の最大の欠点であると、御用猫は常々考えていたのだ。旨いものに目のない御用猫である、サクラにリチャード、チャムパグンもいるのだ、今回の旅は、間違いなく、快適なものになるだろう。


 それから、少し離れた場所に穴を掘り、野ウサギの内臓と皮を埋める、綺麗に剥いだ皮については、少々惜しい気もしたが、猟師になるつもりもない御用猫は、埋葬する事にした。野犬如きに怯える訳でも無いが、面倒ごとは、避けるに越したこともあるまい、むしろ、警戒するなら、野盗山賊の類であろうか。


 以前の仕事で「ウルサ」のネップは仕留めたが、残党は、未だこの辺りで活動しているやもしれぬ。


 帰らずの森へ続く街道は、エルフとの取り引きをする商人だけでなく、北嶺山脈を迂回してロンダヌスへ向かう隊商と、森を避け、南回りに東方諸国へ向かう者達も利用するのだ。


 手前には農村が、もしくは山を越えれば、大きめの宿場町もあるのだが、野宿がしたいとのサクラの希望をくみ、あえて山中での一泊であった。


「山賊など、物の数ではありません、むしろ、此方を狙うというなら、好都合です、旅のついでに悪党退治すれば、付近の方も安心して暮らせるでしょう」


 ほふほふ、と、口の中のウサギ肉を転がしながら、サクラが、そんな事をのたまう。相変わらず、発想がゴリラのそれである。


「サクラよ、お前は少し、性懲り、というものを覚えろよ、怪我をしてから後悔しても、間に合わんのだぞ? 」


 子供らしい血気盛んさではあるが、そうやって命を落とした者を、御用猫は、数知れず覚えているのだ。


 何か反論しかけたサクラであったが、その口は、開く前にリチャードに塞がれる。


「サクラ、君が逸れば、危険に晒されるのは、君だけじゃない、チャムさんだって居るんだ、自重しないと」


「うぅ……分かっています、無茶はしません、何かあれば、先に皆を起こしますから」


 爆弾娘のサクラにしては、随分と、物分かりが良い。御用猫は、あえて聞かなかったので、詳しくは知らぬ事であったが、イシンバロスの手下に襲われた時の事でも思い出したのであろう。


「まぁ、チャムの呪いもある、そうそう襲われる事はあるまいが……リチャードも気を付けろよ? 」


「はい、ですが、僕にも田ノ上念流と、若先生に教わったカディバ一刀流があります、山賊如きに、そうそう遅れを取らぬ自信は、あるのですよ」


 薪火に照らされ、にっこり笑う少年は、相変わらず絵画のような美しさではあるのだが、彼の戦いぶりは、顔に似合わず、なかなかに激しいのだ。


 元々が素直な性格の為か、田ノ上老の戦い方まで、素直に受け継いでいるのだろう。最近では、御用猫の教える技と、少々姑息な、搦め手からの攻めも、覚え始めている。


「ちょっと……ちょっと待って下さい! 何ですかそれは、聞いていません! 何故ですか、ずるいです、何故、いつもいつも、私に内緒で、リチャードにばかり! ずるいです、私にも教えてください、というか、ゴヨウさんって、ちゃんとした剣術も遣えたんですね、何だか意外です、大先生に教わった念流の他は、小賢しい真似ばっかりですから、野良猫剣法とかいってましたし、私、てっきり、猫の動きから編み出した独自の剣術なのだと思ってました」


「よし分かった、お前には教えてやんない」


 何でですか、何でですか、と暴れ始めるサクラと、それを笑いながらいなす御用猫、その二人を、なんとも温かな視線にて眺め遣るリチャードの肩を、チャムパグンが、とんとん、と突くのだ。


「はい、なんでしょう? 」


 不思議そうに答えるリチャードの目の前に、ぐい、と、木皿を突き出し。


「くわせろ」


 なんとも不機嫌そうに、そう、卑しいエルフは告げるのであったのだ。




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