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続・御用猫  作者: 露瀬
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銀盤踝 4

「成る程、分かりました、ついて行きます」


「分かってないよね」


 田ノ上道場の客間に布団を敷き、御用猫と、みつばちは並んで座る。些か行儀の悪い事ではあったが、小さな膳には香の物と酒器が置かれており、天井に揺らぐ光球の元、打ち合わせと称した寝酒を楽しんでいたのだ。


「ですが、前回の事もあります、先生をお守りする為には、私が必要なはずです、主に貞操を守る為に」


「……ちょっと、考えさせられたが、駄目なものは駄目だ、お前らを連れて行ったら、最悪、帰りに森を出た瞬間、襲われるぞ、いや、まじで」


 アルタソマイダスの言葉は脅しでは無いのだ、彼女は、そのような真似をしない、森エルフとは個人的な付き合いだと、言ったそばから志能便衆など連れて行けば、間違いなく仕手を差し向けられるであろう。


「ばれなければ、構わないのです、酒番衆ごときに、私の隠形が見抜けるはずもありません、まぁ、見つかったところで、口を封じてしまえば良いのです」


 薄い胸を御用猫の腕に押し付け、みつばちは自信満々であるのだが、彼が、そのような危険を受け入れるはずもないだろう。


「駄目に決まってんだろう、酒番衆とやらの事は、良く知らないが、万が一、アルタソが出てきたら、皆殺しだぞ、俺含め」


 御用猫の震えが伝わったのか、みつばちは、つい、と身体を離すと、眼を細めた。


「もしも、猫の先生が御命じになるのであれば、蜂番衆の総力をもって、必ず、始末してみせます、如何に「剣姫」といえども、大雀を当てれば、悪くとも相討ちには持ち込めるでしょう」


「……今のは、聞かなかった事にしてやる、二度と口にするなよ」


 御用猫は、ぐい、と乱暴にみつばちを抱き寄せ、盃を手渡す。


「まぁ、お前なりに、心配してくれたのは分かる、うまくやるさ……ありがとな」


 銚子から酒を注ぎつつ、解いた黒髪を梳くように撫でると、それを一気に呷り、彼女は帯を解き始めた。


「よし待て、学習しない奴め、脱ぐ必要は無いと言ってばかよせ、重い、暴れるんじゃねーよ! 」


「ちょっとだけ、ちょっとだけですから、しばしの別れを迎えた男女です、やる事やって景気を付けましょうよ」


 何時ものように、のし掛かるみつばちと格闘していると、ぱたぱた、と足音が響き、次の瞬間には、襖が跳ね開けられる。


「ゴヨウさん! 何をしているのですか! いやらし……あれ? 」


 鼻息も荒く飛び込んできたサクラの見たものは、きちんと並んで座る二人が晩酌を楽しむ姿であった。


 盃を掲げたまま、にやにやと笑う御用猫は、してやられたと気付き、ほおずきの様に熟れた面の少女に問いかけるのだ。


「どうした、サクラよ、こんな時間に、悪いが酒は売り切れだぞ? 」


「先生、分かってあげて下さい、彼女の年頃は、そういった事に興味津々なのです、お兄ちゃんの情事が気になって、隣の部屋で、耳をそばだてていたのでしょう、思春期ですね、いやらしい」


 いやらしい、いやらしい、と二人から囃し立てられ、小刻みに震えていたサクラであったが、ついに奇声をあげ、御用猫に飛びかかってきたのだった。



「あたた、少し、揶揄い過ぎたか」


 みみず腫れになってしまった頬をさすりながら、今度こそ、酒を売り切った御用猫は、上着を脱いで寝る態勢であった。


 もぞもぞ、と布団に入ると、当然の様に、みつばちが隣に滑り込む。抱き付かれて触れ合った部分から、彼女の体温が伝わり、御用猫は、心地よい温かさを覚える。


「先生、寝る前に、少し、宜しいでしょうか」


「……ティーナの事か? 」


 少しだけ、息を飲んだみつばちであったが、すぐに平静を取り戻したようだ、いつもの、扁平な調子で続ける。


「あれは、端くれとはいえ、里の一員として迎えました、そう簡単に抜けさせる訳にもいきませんが」


「何かあったら、始末して構わない、親父にも、そう言ってあるし、俺もそうする……それじゃ、駄目か? 」


 天井を見つめながら、御用猫は思い出す。ティーナの過去については、本人の口から、田ノ上老に伝えていたようだが、志能便衆との関わりについては、彼女が口にするのはまずいであろうかと、御用猫から話してあった。


「いいえ、どうせ、深く関わらせるつもりも、ありませんでした、先生が、そう仰るならば、それで構いません、ここに住まわせて繋ぎに使えば、ていの良い厄介払いになりますし……少しだけ、羨ましくは、ありますが」


 最初から志能便の世界に生まれつき、足抜けもできぬ彼女にとっては、確かに、過去に大きな傷を抱えているとはいえ、本人次第で、人並みの幸せに手が届くかもしれぬティーナは、そのように映るのであろうか。


「そうだな……まぁ、確かに、羨ましくはあるか」


 野良猫にとっても、幸福などというものは、埒外の、更に外、及びも付かぬ領域であるのだ。


 ぎゅう、と、みつばちが、回した腕に力を込める。


「なんだ、寂しい者同士、傷の舐め合いか」


「そうです、本当は、ちゃんと舐め合いたいのですが、今夜は、これで構いません」


 御用猫は、彼の胸に、押し付けるように顔を埋めてくる、みつばちの頭を優しく撫でる。


(やれやれ、これでは、まるで子供のようではないか)


 志能便として、感情を表に出さず、今まで生きてきた彼女の精神性は、子供のそれと、なんら変わらぬのかも知れない。


「よしよし、お前は頑張ってるよ、これが褒美になるかは、分からないがな」


「足りません、全然、足りませんから、だから、頑張ってお役に立ちます……なので、加点には、期待してますからね」


 表情こそ伺い知れぬが、みつばちの声音は、柔らかいものであった。


「まぁ、無理しない程度に、頑張ってくれよ……そうだ、思い出した、リチャードに言われてたんだった、みつばちよ、奴の代わりに、手紙の代筆の代筆を頼みたいんだが」


 ぐりぐり、と、押し付けられていた彼女の頭が、ぴたり、と止まる。


「……それは、あの、貧乳騎士に? 」


「うん、その、貧乳騎士に」


 しばらく、そのまま、みつばちは動かなかったのだが。


「嫌です」


「何でだよ、頑張るって言ったじゃねーか」


 文句を言った瞬間、がぶり、と胸の辺りに噛み付かれ、御用猫は悲鳴をあげる。


「何でだよ、とは、こっちの台詞です、何が悲しくて、恋敵への手紙を代筆せにゃならんのですかってことですよ! どうしてもと言うのなら、報酬は前払いだこのやろう! 」


「なんだと、やる気か! いいだろう、この間合いで忍術が使えると思うなよ」


 どたばたと、布団の中で暴れ始めた二人の上に、何事か怒鳴りながら、サクラが降ってきた。


 一瞬前まで、死闘を繰り広げていた二人であったが。


 見事な同調で、無言のうちに共闘し、瞬く間に、彼女を布団に丸め込んでしまったのである。



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