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続・御用猫  作者: 露瀬
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銀盤踝 2

 いつものテーブルには、現在、御用猫とアルタソマイダスが、向かい合って座るのみであった。


 テーブルの上に置かれた御用猫の両手に、彼女の嫋やかな白い指が、互いに、絡み合う様に握られている。


 二人共に、前のめりで距離も近い、端から見れば、まるで、愛を育む恋人同士に見えるだろうか。


 先程まで消沈していたリリィアドーネも、落ち着き無く、何度も何度も、ちらり、ちらり、と、こちらの様子を窺い、マルティエ達は、何か、見てはいけない物でも目にしたかのように、子供達を遠ざけるのだ。


(馬鹿か、彼奴らめ、これが、そんな色気のある場面に見えるのか)


 ひとり、御用猫だけが、青い顔で、アルタソマイダスの空虚な瞳から逃れる様に、うろうろ、と視線を彷徨わせるのだ。


「ちゃんと、聞いているの? 」


 くい、と、彼女の指先に力が込められる。ただ、それだけの事で、御用猫の膝が伸び、身を乗り出す。


 なんたる事か、手を握られただけで、完全に、身体の動きを掌握されてしまっているのだ。


 御用猫の顔は、鼻先が触れてしまいそうな程に、彼女に近づく。見た目だけは、大変に、如何わしいだろう。


 不義密通だ、とか、リリィアドーネの声が聞こえた気もしたが、御用猫には、それどころではない。間違いなく、これは、生命の危機なのだから。


「もちろんです、聞いています、どうぞ、続けてください」


 正直に答えてね、と前置きしてから、アルタソマイダスが告げた内容に、御用猫は、動かぬ両手を諦め、内心で頭を抱える。


 彼女が言うには、帰らずの森に定期訪問したクロスロードの外交官が、森エルフの若族長から、伝言を預かったと言うのだ。


 御用猫という賞金稼ぎに「ジャガーと翼蛇」氏族を訪ねるよう、伝えて欲しい、と。


「……何を考えているの? 」


「何も考えていません」


 ぶんぶん、と首を振り、御用猫は否定する。


(オーフェンか! 奴め、奴め、仕返しのつもりか、ドビットに吸い取られて、死んでしまえば、良かったものを! )


 必死に、まるで懇願するように、御用猫は、森エルフの若族長と、自らの関係を説明するのだ。


「そう、あくまで、仕事で偶然知り合っただけの、個人的な付き合いだと、そう言うのね? 」


「間違いありません、おそらく、何か頼み事でも、あるのかと思います、森エルフは頭が固い、瑣末な事で、クロスロードに公式な依頼をするのは、約定にそぐわぬ、と考えたのでしょう」


 平時においては、貿易のみを行い、互いに不干渉であること。


 鎖国とでも言うべき、この古き約定のひとつだが、当時の森エルフ達は、人間に感化されてゆく若いエルフ達が、これ以上増える事を恐れ、「ジャガーと翼蛇」の氏族のみを、クロスロードとの交渉窓口としたのだ。


「なるほど、筋は、通っているわね」


「もちろんです、他意はございません」


 しばし、何事か考えていた様子のアルタソマイダスは、無意識であろうか、御用猫の手のひらを、親指の腹でさする。


(半エルフだからか? 剣だことか、無いんだよな、こいつ)


 リリィアドーネ達と違い、彼女の手は、剣士にあるまじき滑らかさであった。人間種との再生能力の差であろうか。


 とはいえ、彼女のそれは、見た目だけの美しさである。



 御用猫は、知っている。


 御用猫だけは、知っていた。


 彼女は、人とは違うのだ。



 護国の為、愛する者の為になら、泣いて心を鬼にする、アドルパスとは違うのだ。


 戦いのさなかに生を受けた、生まれついての戦鬼たる、田ノ上ヒョーエとも、また違う。


 彼女は、鬼の面を被るだけ。


 国中から喝采を浴び、全ての騎士から恐れられる「剣姫」の姿も、館に戻り、ゆっこに見せる慈母の姿も、御用猫の前で、悪戯っぽく笑う少女の姿も、全て、それらしく見せただけの、作り物の、面なのだ。


 彼女の中には、何も無い。


 こうして、御用猫を恐怖の底に突き落としている、今の姿さえ、彼女の生み出した、生きる為の、仮面のひとつなのだ。


 そうしなければ、生きられなかった。


 それは、どこか、自分に似ていたのだ。


 ふと、昔の事を思い出した御用猫の前に、彼女の美しい顔が、色を取り戻した、穏やかな仮面が現れる。


「うぅん、一応、信じましょう……けれど、次からは、辛島ジュートの名前を、出させるようにね、私を通して、連絡出来るように、しておくから」


 にこり、と笑うアルタソマイダスは、絡めた指に力を込める、そして、先程までの小さく抑えた声とは、明らかに違う、はっきりとした、しかし、どこか艶のある音色で。


「それはそうと、皆が見てるし、流石に恥ずかしいわ……キスをするなら、早くして」


「はぁ? ふざけんな、お前が動か」


「だめぇーっ! 」


 ついに飛び込んできた、リリィアドーネに押し倒され、御用猫は長椅子の上に転がされる。


 ばしばし、と、胸を叩きながら、不義密通がどうの、卑猥がどうのと、涙を流す彼女を宥めながら。


(とりあえず、今日にでも出発しよう、一刻も早く、あの邪悪なエルフ共に、天誅を下さねばなるまい)


 固い決意を胸に秘め、御用猫は旅立ちを迎えるのであった。




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