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続・御用猫  作者: 露瀬
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無情剣 面の皮 15

 もごもご、と、鶏肉を咀嚼しながら、御用猫は、ぼんやりと眺めていた。


 目の前の少女は、期待に満ちた視線を彼に送り続けていたのだが、正直なところ、なんと感想を述べるべきか。


(これは、どうしたものか)


 実のところ、今回の朝食は、中々の美味であったのだが、この煮込んだ鶏肉の酸味が、果たして、彼女の計算通りのものであったのかどうかは、疑問の残るところであろう。


 迂闊に褒めて、「酸味? そのような筈は……」などと返された日には、眠れぬ夜を過ごさねば、ならぬのだろうから。しばし悩んだ御用猫は、とりあえず、隣で同じものを食する、眼帯少女の意見を聞いてみようかと思い。


「うん、美味いよ、黒雀も、そう思うだろ? 」


「お酢、毒じゃない」


 一瞬、どきり、とした御用猫である。顔に出てしまっていたのか、それとも、この、愛らしくも恐ろしい、黒い殺し屋とも、付き合いが長くなったという事なのか。


 ともあれ、一先ずは安心だろうと、添え木で固められた右手の代わりに、身体を捻って、左手で頭を撫でてやるのだ。


「……ふにおちない」


 ぷくり、と、頬を膨らませ、曖昧な態度の御用猫に、視線だけで苦情を入れると、彼女、リリィアドーネは、今まで御用猫に食べさせていた、その箸を置く。


「そろそろ、行かなくちゃ、んんっ、その前に」


「ん、どうした、かしこまって」


 咳を払い、座りを直すリリィアドーネに、やんわり、と笑顔を返す。


 途端に、ぎゅう、と声を漏らし赤くなる彼女であったが、二、三度、頭を振ると、真っ直ぐな瞳で、御用猫を見つめるのだ。


「猫よ、私は、その、可愛くない女だ、意地っ張りで、頑固で、粗暴だ、自分でも分かる、何かあっても、お前に迷惑をかけまいと、一人で抱えてしまう……それで、以前は、余計に迷惑をかけてしまったのだ、今は、そう、反省している、済まなかった」


 俯き加減に、申し訳なさそうに、そう告げるのだ。これは、ダラーンとの一件についてであろうが、こうして彼女が、御用猫に直接、頭を下げるのは、久し振りの事であった。以前の約束を、彼女なりに守っていたのだろう。


「だが、そうして、学ぶ事もあったのだ、何かあった時に、相談してもらえぬのは、その、辛いのだと……最近のお前を見て、気付かぬ訳ではなかったのだが、言って貰えるまで待とうと、それまでは、せめて、こうして顔を見せようと、そう思っていたのだが」


 リリィアドーネは、そこまで言うと、ふぅ、と、息を吐き出し、そして、おもむろに立ち上がると、いつもの、眩しい程の、真っ直ぐな笑みを浮かべ。


「……だが、お前も、相当に頑固だからな、これでは、良くない、だから、もう、待たないのだ」


 つかつか、と、御用猫の隣に歩み寄り、その傷面を両手で抱き締める。


「貴方が、辛い時には、私がいるから、きっと、助けになるから、それを、忘れないでね」


 この少女は、なんという真似をするのか、危うく御用猫は、全てを投げ出し、リリィアドーネの薄い胸に、泣き縋るところであったのだ。


(もう少し、肉があったら、危なかったな)


 心中で軽口を叩き、何とか御用猫は、平静を保つ事に成功する。


「危なかった、今のは危なかった、まったく、時と場所を考えろ、リリィよ、もしも今、右手が無事だったならば、マルティエ達の前で押し倒すところだったぞ」


 がぶり、と、薄い胸の辺りに噛み付くと、悲鳴をあげて、少女は飛び跳ねる。


「……先生、何やってんだよ、朝っぱらから、さ」


「ほらみろ、少年の教育にも悪いだろう」


 包帯で巻かれた右手を、呆れたような顔で玄関から覗くトウタに振って見せると、かたかた、と、小刻みに震えたあと、リリィアドーネは、何やら顔を押さえて、店から走り出て行くのだ。


「ちゃんとしてくれよ、もう、うちの親父じゃあるまいし」


 ため息を吐いた少年は、しかし、笑顔で籠を降ろすと。


「先生、サンマがあるんだよ、それも、網で集めた奴じゃない、釣り上げさ、うろこを食ってないから、腹わたまで食えるし、刺身もいけたよ、まぁ、その分高いけどね、先生のために、他には売らなかったんだから、引き取っておくれよ」


 いつの間に、商売人の顔をする様になったのか。


「こいつめ、調子に乗るなよ、最近、事あるごとに、ミザリの尻を触ってる事、ララポートに告げ口してもいいんだぞ? 」


「わ、やめてよ! おばさん、おっかないんだからさ」


「……なら、触るのを、やめたらいいんじゃない? 」


 腕を組んだミザリの、冷たい視線に、棒手振り少年は、小さくなって媚びへつらうのだ。


 どうやら、力関係は出来上がっている様子である。


 御用猫は、笑いながらマルティエを呼び、今宵のご馳走に想いを巡らせた。


(今は、これで良いだろう)


 この、胸に溜まった、澱んだ泥も、少しづつ、吐き出していこう。


 野良猫は、忘れて生きるのだ。


 そうでなければ、生きられぬ。







猫と犬との縄張り巡り


売った買ったの喧嘩と命


人には見せぬと剥いだ皮


埋めて隠すは泥の中



御用、御用の、御用猫










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