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続・御用猫  作者: 露瀬
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腕くらべ 16

 いきなりは無理だと、マルティエが泣くので、宴会が行われたのは、それから二日後の夜であった。


 段々と人数の増えるこの集まりに、彼女の限界は近いだろう、この位ならばと、いつも多めに用意はするのだが、毎度毎度、ぺろりと平らげられてしまうのだ、会を重ねる度に、健啖家が増えてゆくのだから、マルティエも堪らないだろう。


(次からは、仕込みに、ティーナ辺りを応援に出した方が良いかもしれぬ)


 猪口を片手に、ゆっこの相手をしながら、御用猫は、そんな事を、ぼんやりと考えていた。


 視線の先に、田ノ上老を捉えている。彼に給仕をするティーナの反対側に、見慣れぬ男が座り、アドルパスやビュレッフェ達と談笑していた。


 見たところ三十代であろう、黒髪の男は「破陣」のキンジョー、と名乗っていた、麒麟パイフゥ騎士団「五方陣」の一人であるとか。彼は、かつて田ノ上老の愛弟子であった、アルグレイドンという剣客に師事していたのだが、立場上、師匠の敵討ちには参加できず、前々から、田ノ上老に恩返しする機会を、待っていたと言うのだ。


 ガンタカの事件では、力になれなかった事を、御用猫にも詫びてきたのだ、なかなかに出来た人物のようである。その際に、同じ流派という事で、先日の試合での「兜割り」を、見事であったと褒められてもいたのだが。


 猪口を置き、なんとは無しに、再び浮き上がった、慣れ親しんだ顔の傷を撫でながら、御用猫は、昨日の事を思い出していた。


 てっきり、御用猫は、実に可愛らしくも、田ノ上老から褒められるのではないかと、少し浮ついた気分で道場を訪れたのだが。ひとしきり、興奮冷めやらぬサクラ達と盛り上がった後、二人だけで道場に行き、向かい合った「石火」の発した言葉は、彼の予想の、そと、であったのだ。


「猫よ、なぜ、斬らなんだ」


「え? 」


 少々、間抜けな顔をしていたであろうか。


「……何故って、殺す事は、ないだろう、奴は小物だ、首に値も無いし、それに、貴族を斬れば色々と面倒な」


「ぬるいな」


 田ノ上老は断言した。目に殺意が見えたのは、気のせいか。


「イシンバロスとか言う奴は、目玉をくり抜いたな、あの流れならば、分かる話であるし、あれは良い、あれはもう何も出来ぬ……だがな、今回は違う、恨みを遺しただけよ、ダラーンには地位がある、金もある、剣力とて、お前より上なのだ」


 御用猫には、反論が出来ぬ。ダラーンが、恥をかかされて大人しくしているような奴とは、確かに思えなかった。御用猫を直接狙うならばまだしも、サクラやリチャード、ゆっこやマルティエ、彼に急所は、いくらでもあるのだ。


 今はまだ、辛島ジュートと御用猫を結び付ける者は居ないだろうが、この先どうなるかは分からない。そして、御用猫が忘れた頃にも、ダラーンの恨みは、確かに残るのだろう。


(迂闊、だったのか)


 言葉を無くした御用猫に、田ノ上老は立ち上がり、横にしゃがみ込むと。


「……ぬしはよ、よもや、殺さぬ言い訳を、探しておるのでは、なかろうな? 」


 どきり、と、御用猫の心臓が跳ねる。


「人斬りが、人のままで居ようなどと、烏滸がましいとは思わぬか? 優しいのは結構、甘いのも良かろう、だがな、それは、捨てる事の出来る者にだけ、許される特権よ、全てを拾おう、などと欲を張るなら、相応の報いが、必ずあるのだ」


 御用猫の甘さで、判断を誤るなと、大切なものを失う事になると、田ノ上ヒョーエは、そう、言っているのだろう。


「……お言葉、胸に、刻みます」


 頭を下げた御用猫の背中を、ぱしんと叩き、田ノ上老は、ようやく笑顔を見せた。


「お前も、少しは、稽古にも気を入れてみよ、なんじゃ、あの斬鉄は、呪いなどに頼りおってからに」


 どうやら「石火」の目はごまかせなかった様だ。御用猫は、チャムパグンの人魚刀を木剣に被せ、ダラーンの盾を斬り裂いたのだ。


 相手の肌に触れれば消える細工を施してあったのだが、そうでなければ、今頃ダラーンも、葬儀屋を泣かせていた事だろう。


 ふう、と溜め息をひとつ。


「……おとさん、眠いのですか? お疲れですか? 」


 早々に食事を切り上げ、御用猫の膝の上に寛ぐゆっこが、遠慮がちに声をかけてきた。


 そんな事ないぞ、と撫でながら、御用猫は現実を見据えるのだ。


 あまり、戻りたくは無かった現実を。


テーブルの向かいには、二人、いや、三人、の女性が、並んで座っている。


 こちらを、じっと見つめたまま、無言で箸を動かし続けるリリィアドーネと、力づくで捕まえた黒雀を膝に乗せ、にこにこ、と、ご満悦なアルタソマイダスだ。


「いいなー、可愛いわね、黒雀ちゃんも、うちの子にならない? 美味しいもの、沢山あるわよ? 」


「やー」


 あら残念、と、彼女は黒雀に頬ずりしながら。


「ゆっこも、お姉ちゃんがいれば、喜ぶと思うのだけれど、ね、おとさん? 」


 ぱしん、と、箸をテーブルに叩きつけ、ゆっくりと、リリィアドーネは、口を開いた。


「……わたしは、聞かされて、いなかったぞ」


「な、なにを? 」


 おそるおそる、御用猫は返事をする、一体、神は、自分に何の恨みがあるというのか。一触即発の、二匹の怪獣に近づくまいと、先程から、このテーブルは、微妙に、距離を取られているのだ。


 その割には、リリィアドーネに動きのあった今、早速に視線が注がれている。


「ゆっこちゃんの、身の振り方は、私も気にしていたのだ、お前に気を遣って、口出ししなかったというのに、一体、ぜんたい、なぜ、アルタソ様が」


 ぷるぷる、と震えるリリィアドーネは、彼女なりに成長したようだ、爆発せぬように、少しずつ圧を抜こうとしているのだろう。ゆっくり、ゆっくりと言葉を吐き出していたのだが。


「おう、リリィアドーネよ、辛島のとこに嫁ぐのは構わんが、貴様は第二夫人だからな、ちゃんと、わきまえろよ」


 ワハハ、と赤ら顔のアドルパスが笑った。


  全員が、一斉に、額に手を当てる。しん、と静まり返った店内に、リリィアドーネの、しくしく、と、力のない啜り泣きが響き始めた。


「この! 熊じじい! ふざけんな! リチャード、そいつを摘み出せ! 」


 子供の様にぐずり始めたリリィアドーネを宥めると、てこてこ、と、そばに寄ってきたゆっこも、彼女の頭を撫でるのだ。


「泣かないでください、私は、おかあさまが沢山だと、嬉しいです、リリィ様も、大好きです」


 ひし、と、ゆっこに縋ったリリィアドーネは、声をあげて泣き始めた。どうにも、彼女は泣き上戸なのだろうか、少し、酒は控えさせようかと、御用猫は考える。


「おじいさまとは、しばらく、お話しませんから! 」


 きっ、と、ゆっこに睨まれ、この世の終わりの様な絶望顔を浮かべたアドルパスが、リチャードを巻き込みながら、膝から崩れ落ちる。


「やったぜ! ざまぁないな! 」


 そうだ、元はと言えば、この男が全ての元凶なのだ、これは神罰なのだ。


 ぐるぐると、アドルパスを囲み煽り続ける御用猫と、なぜか青ドラゴン騎士の二人。


 三人が、店の外に吊るされるのは、もう少し、後の事であった。








柱の傷は猫の爪


長さ比べて餌を盗る


向こうへ行けよと石投げりゃ


今宵は牙に気を付けろ



御用、御用の、御用猫










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