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続・御用猫  作者: 露瀬
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腕くらべ 15

 位置を合わせ対峙する二人は、全く対照的であった。こきこき、と首を鳴らし、余裕綽々の御用猫と、やや猫背になり、鼻息の荒いダラーン伯爵。


 これでは、どちらが高位の実力者なのか、分からないであろう。


 実際のところ、観客達も、得体の知れぬ乱入者の剣力は知りようもないのだが、とはいえ。


(ダラーン伯爵が、負けた方が、おもしろい)


 この、御用猫に寄せられる、判官贔屓とも言える期待は、裏を返せば、ダラーンの信用と、人望の無さの現れでもあったのだろう。


 観客の心中には、既に彼を悪役に見立て、囚われの姫を救いに現れた名も無き騎士、という物語を、如何に面白おかしく飾り立て、他人に披露するかの算段が始まっているのだ。


 しかし、御用猫の力を知る者、特に、彼が一度ダラーンに敗北し、しかも現在、手負いであると知っている者は、この浮ついた雰囲気の中でも、楽観視はしていない、ここまできて、全てが台無しになってしまうのでは無いかと、気が気ではないのだ。


「あぁ、アドルパス様、早く試合を始めて下さい、時間を置けば、ダラーンめが、落ち着いてしまうではありませんか、ゴヨウさんも、何故、この好機を見逃すような真似を、さっさと打ち掛かってしまえば良いのに」


 そわそわ、と、爪を噛みながら身体を揺するサクラも、そうなのだろう。未だに安堵した様子もなく、むしろ、無駄な余裕を見せる御用猫に、苛ついてさえいるのだ。


「サクラや、落ち着くのはお前の方であろ、まぁ、そう心配するでない」


「ですが、大先生、あの人は怪我をしているのですよ、それでなくとも、地力はダラーンの方が遥かに上なのです、私にも、見て分かります」


 ほう、と田ノ上老は目を細める、なにやら、楽しげな表情であるか。


「そうか、サクラは、知らなんだな……ならば、よく観ておきなさい、さきほど、ダラーンとやらは「殺す」と、言ってしもうたのだ、その時点で、これはもう、殺し合いよ……稽古や手合いとは違う、野良猫の、本領なのだよ」


 師匠の言葉を疑う訳では無いのだが、サクラは、どうにも、不安なのだ、理屈ではないのだ。とはいえ、自分にはどうにも出来ぬ、見守るしか無い事も理解していた。


(頑張って……お兄ちゃん! )


 彼女は、爪を噛む手を離し、両手を組んで祈りに変えた。



 そうした、皆の注目を集める技場の中央では、ぐるりと周囲を見渡したアドルパスが、大きな溜息を吐いたところであった、全身から、早く帰りたい、といった気配を漏らしている。


「はぁ、もう良いか、馬鹿どもの賭けも終わった頃合いだろう、おら、構えろ」


 二人が向かい合うと、客席の喧騒が静まってゆく、少し落ち着きを取り戻したのか、正眼に構えながら、ダラーンが口を開いた。


「辛島殿であったな、どうだ、痛い思いをする前に、また土下座をするというのなら、小娘一人くらい、譲ってやっても良いのだぞ? 」


「え、ほんとに? なら、しようか? アドルパス様、そういう事ですので」


 木剣を収め、立会人に終わりを求めた御用猫に、ダラーンは慌てて、否定をせねばならなかったのだ。


「おのれ、本当に、気に障る、どうしてくれよう」


 ぎりぎり、と歯軋りするダラーンは、もう二度と、この男とは言葉を交わさぬと誓う。


「なんだなんだ、肝の小さい奴め、まぁ良い……田ノ上念流師範代、辛島ジュート、推して参る」


 御用猫は、ゆったりと、大上段に構え、息を吸い込む、後は、この一呼吸に総てをかけるのみ。


「……はじめい! 」


 ぱん、と、アドルパスの声が弾けた。


 ダラーンは一歩下がり、呪いの動作を始めた。しかし、これは、見せかけに過ぎない。


 彼の身には、見えざる盾と、硬剣の呪いが、既にかけられているのだ。取り巻き連中の魔力を総て込めた、この無敵の剣と盾で、彼は、今までの、数々の手合いに勝利を収めてきたのだ。


(ゆっくりと、痛めつけてから、殺す)


 この後に及んでもダラーンは、自らの勝利に疑いを持っていなかったのだ。御用猫の木剣は、唯の棒切れであり、我が身に触れる事すら叶わぬであろうと。


 なので、打ち込んできた黒髪の男の、意外に鋭い一刀を、しかし、避けようともせずに、真正面から見据えたのだろう。


 もしも、ダラーンが、真に命懸けの戦いを潜り抜けてきた強者であったならば、この様に愚かな真似をするはずもなく、また、御用猫の、異様な、気当たりとでもいうべき、圧力に気付いた筈なのだ。


「ちぇい、すとおォォッ! 」


 田ノ上念流、奥義「兜割り」


「石火」の振るう斬鉄は、山エルフの、無敵の銀鎧すら、真っ二つに断ち割るという。


 果たして、御用猫のそれは、ダラーンの盾を砕き、驚愕に目を見開いた彼の顔面に、迎え入れられるように、めり込んだのだった。



「それまで! 勝者、辛島ジュート」


 女座りに腰を落とし、上を向いて口を開けたまま失神した、ダラーンを確認すると、御用猫は大きく息を吐き出した。


「やった……やった! ゴヨウさん! やりました! 」


 余りに呆気ない幕切れに、しん、と音を無くした技場であったが、サクラの声を切っ掛けに、割れんばかりの大歓声に包まれたのだ。


「さ、サクラ、名前、なまえ! 」


 リチャードがサクラを抑えようとしたのだが、彼女は興奮のあまり、何も目に入らぬのだろう、彼にしがみ付くと、全身で喜びを表現する。


 困ったものだ、と、少女を抱きとめながら、ふと、リチャード少年が見たものは。


「……馬鹿者め、なぜ、斬らぬのか、斬れたであろう……甘い、あまいぞ、あまい」


 ぶつぶつ、と呟く田ノ上老には、先程までの穏やかさは無く、その視線の冷たさは、リチャード少年の肚に、御用猫の勝利の熱すら、忘れさせるようであった。



「アドルパス様、俺らは消えますんで、あと、宜しくお願いしますね」


「おう、早く行け、囲まれても助けんぞ、あと、マルティエに、宴会の用意をさせておけよ? 盛大にな」


 全く、呆れたお方だ、と、御用猫は笑う。


 後は、フィオーレの手引きで、こっそりと脱出すれば良い、今回も、皆には、随分と迷惑をかけたし、助けても貰った。


(請求は、リリィにすれば良いか)


 逃げるように走り出した御用猫であったが、もちろん、気分は最高に晴れやかであったのだ。



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