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続・御用猫  作者: 露瀬
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腕くらべ 14

 さざ波のような困惑の声に満ちる闘技場を、ダラーンが切り裂いた。


「無礼な! 神聖なる決闘を、何のつもりかっ! 」


 目の前の男は、先日手合いした相手だと、もちろん覚えていた。これは、よもや、子飼いを痛めつけられた事への意趣返しであろうか、アドルパスの策謀であろうかと、ダラーンは立会人の大男を睨みつける。


「どこ見てんだ、牛ぐわ野郎、相手を間違えてんじゃねーよ」


 にやついた顔の御用猫を見て、ダラーンの顔は、みるみる朱に染まってゆく。


 御用猫は、なにか奇妙な動きで、右手の木剣に左手を重ねると、胸の前に持ち上げる、誓いを立てるつもりなのか。


「ふざけるな! 貴様と立ち合う必要が! 」


「双方控えおろう! 殿下の御前であるぞッ! 」


 アドルパスの大喝一声に、技場の客席までもが静まり返る。


「名誉騎士、辛島ジュート、ここは貴公の居て良い場所では無い、手討ちにされる前に、早々に立ち去るが良い」


 アドルパスは厳粛に告げる、当然であろう。御用猫も、彼の助けが得られるなどとは思っていない、ダラーンには、辛島ジュートは「電光」の配下だと思われているのだ。公正なアドルパスが、ここで自分の味方をするはずも無いだろう。


「いいえ、異議を申し立てます!」


 御用猫は両手を広げ、闘技場内に響き渡るほどの大声を発する、やや、芝居がかった仕草であるが、こういった事は、大仰なほど良い、というのが、彼の持論なのだ。


「私は、今は亡き彼女の父、イズムンド グラムハスルより、彼女との婚約を許されておりました! これは、彼女も知らぬ事ではありますが、正式な求婚をする前に、不幸な事件が起こってしまったのです、ですが、その約束に変わりはありません! よって、この決闘は無効であると、申し上げます! 」


「馬鹿なっ! 」


 声をあげたのは、ダラーン伯爵ではなく、観客席のモンテルローザ侯爵であった。


「そのような話、姉上から聞いた事も無い! あり得ぬ、貴様が誰かは知らぬが、証拠でもあるのか! 世迷言を抜かすならば」


「わたくしが! 証人になりましょう! 」


 モンテルローザ侯爵の言葉を遮って響き渡るの声の主は、フィオーレであった、思いがけず技場内に現れた娘の姿に、さぞかし驚いたのだろう、観客席から、内務大臣である彼女の父が飛び上がる。


「私も、証言しましょう「六帝」の名に誓って、真実であると! 」


 これまた良く通る声を響かせたのは、南側の客席から立ち上がった「雷帝」ビュレッフェ ハイツンである。腕を組んで周囲を睥睨する、堂々たる体躯は、その言葉に、何か信憑性を感じてしまう程だ。隣ではクロンも立ち上がり、同意の声をあげる。


「私も、生前、イズムンド卿から聞いた事がありますな」


「それがしも、確かに聞き申した」


「俺も聞いたぞ、辛島の奴め、美少女を捕まえたと、自慢しておったわ、ワハハ」


 東側の観客席からは、サクラの父、マイヨハルト子爵と、その取り巻きであろうか、仮面を付けた男が二人。


 それを皮切りに、西からも声が上がるが、これは、御用猫達の仕込みでは無い、何者であろうか。


「なぜ……六帝に四機竜、五方陣までもが」


 ダラーンは、事態が飲み込めぬ、互いの、高い自尊心が邪魔をして、十八人衆が協調するなど、あり得ない話なのだ。たとえ、自分への妬みだとしても、これは、何かがおかしいのだ。


「決闘だ! 決闘にて決めるべきだ! 」


「そうです! この場ではっきりさせるべきでしょう! 」


 愕然とした表情を浮かべるダラーンの耳に、リチャードとサクラの声が飛び込んでくる。


 それにつられたのか、観客席からは、口々に同意の声が上がる、彼らは興奮していた、娯楽を求める貴族達にとって、このような突発的な事件は、何よりの退屈しのぎ、話の種になるだろう、これを逃す手は無いと考えたのだ。


「全員、黙れいッ!!」


 ごう、と、アドルパスの大声は、空気を震わせた。


 再び、水を打ったように静まり返る技場は、彼の決断を、固唾を飲んで見守るのだ。


「……モンテルローザ侯爵、ご意見を伺おう」


 一斉に注目を集め、彼は息を飲んだが、この程度で気圧されるようでは、クロスロードの伏魔殿、政治の世界で生きてはゆけぬのだ。


「……過去にどんな約束事があろうとも、現在の後見人は、この私だ、姪の結婚相手は、私の認めたものでなくてはならぬ、これは、法に則った判断である! 異議を挟む余地は」


「待たれよ、モンテルローザ卿」


 展開は、二転三転する、この場に居合わせた者は、当分、夜会での話題に困らぬであろう。モンテルローザ程の上級貴族の言葉を遮れる者など、そうは居ないのだ、このような状況であるならば、尚更であろう。


「……バステマ公」


 大物である。


 バステマ ユリウス コンコード公爵は、三十に届かぬ若さでありながら、首相の地位に着き、その飛び抜けた政治感覚で、すでに国内外から、稀代の名宰相との評価を得ていた、若き天才である。現国王が病に臥せっているため、発表こそされていないが、シャルロッテ王女との結婚は、確実だろうと言われていた。


「モンテルローザ卿、この手合いは、彼女の望んだ事では無かったというのか? 貴殿は、シャルロッテ殿下の御前で、うら若き乙女に、望まぬ婚姻を押し付けるおつもりか? 」


「ぐっ」


 クロスロードの法に従えば、モンテルローザの言い分が正しいであろう。しかし、この状況を見過ごせば、バステマ公は、政略結婚を良しとする人物だと、世間に思われてしまう、それでは、国民への風聞が悪いであろう。


 王女との結婚を控えるバステマにとって、それは、見逃せぬ。逆に、ここでリリィアドーネの肩を持てば、自分の結婚も、両者の合意、愛のある結婚だと、自然に宣伝できるのだ。


「アドルパス様、これは、殿下にお伺いを立てるべき事柄かと」


 もう、バステマ公の声に、異議を唱える者は居なかった。


 アドルパスが、貴賓席を見上げると、そこには既に、シャルロッテ王女の姿は無く、どこか楽しそうな表情のシファリエル王女と。


「殿下からのお言葉を伝えます、この御前試合は無効とし、後は、殿方同士で、尋常に勝負せよ、と」


 アルタソマイダスが、そう告げた瞬間、割れるような歓声が上がる。


(なんとか、無理押しはせずに済んだ、かな)


 ふぅ、と、御用猫は息を吐き、袖に縋り付くリリィアドーネを抱き寄せると、その額に口付けする。


 どよめいた後、湧き立つ客席に手を振る、協力者達と、サクラ達に向けて。


 ダラーンの顔色は、もう、表現のしようも無い、ただ、目の中に、憎悪の炎だけが、ごうごう、と、火勢を増している。


「はぁ、もういいか、お前ら、条件は前回と同じだ、文句はあるまいな」


 頭の後ろを、ぼりぼり、と掻きながら、すっかりやる気の無くなってしまったアドルパスが言う。


「あぁ、いや、そうだ、ひとつ、ダラーン伯爵には置き石をあげよう、そうだな……俺は、呪いを使わない、これでどうだい? 」


「ん? お前、それでは、前回と同じであろう」


 それもそうか、と笑う御用猫に、とうとう我慢出来なくなったのか、ダラーンが、唾を飛ばして叫ぶ。


「殺してやる! 生意気な餓鬼が、俺に刃向かって、どうなるか、教えてやる! 」


「言葉が軽いなぁ、お貴族様の脅しは、ちょいと、上品に過ぎるよ」


 固まったまま、フィオーレに引き摺られて技場を出て行くリリィアドーネを見送ると、御用猫は、何か確かめるように、木剣を一振り。


「こいよ、稽古をつけてやる、お上品には、いかねえぞ」



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