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続・御用猫  作者: 露瀬
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腕くらべ 12

 それから一日が過ぎ、別段、何をするでも無く、御用猫は自室で養生していた。リリィアドーネとダラーンの試合は、明日に迫っている。


「……そろそろ、動かれた方が、よろしいかと」


「んー」


 上半身裸のまま、ベッドに寝転び、鎖骨に吸い付く黒雀の頭を撫でながら、御用猫は気のない返事をみつばちに返す。


 包帯の巻かれた左肩は、まだ痛む、万全には、ほど遠いだろう。いや、例え万全であったとして、どうなるというのか。


(無理する理由も、無いしなぁ)


 結局、自分への言い訳は、見つからなかった。


 横に控えるみつばちは、椅子に腰掛けたまま、かれこれ二時間は、微動だにせず、御用猫の顔を見つめたままであったのだが。


「……待っていても、来ませんよ、あの貧乳騎士は」


 ぽつりと、みつばちが言葉を零す。


「胸と同じく、頭も固い女ですよ、あれは、怪我をしたからと、猫の先生に助けを求めるくらいなら、無理を言って、好いた男に迷惑をかけるくらいなら、自分の人生と、幸せを、捨てる事の方を選ぶ奴です」


「……そうかもな」


 いつもと変わらぬ、みつばちの平坦な表情と声音であったが、最近では、ほんの僅かな、抑揚や息づかい、視線の動き、などから、御用猫にも、多少の感情が読み取れるようになっていた。


 苛立っているのだ、この、くノ一は。


「個人的には、このまま、あの平野の騎士が、馬鹿貴族に嫁いでしまえば、先生といちゃいちゃする機会が増えるので、正直、喜ばしいのですが」


「しないけどな」


 御用猫の軽口にも、彼女は反応しなかった。一度、大きく息を吸い込むと、ゆっくり吐き出してから、言葉を続ける。


「……今から言う事は、志能便にあるまじき放言ですので、お気に障りましたら、どうぞ、割腹なり何なり、お申し付けください」


 むくり、と御用猫は身体を起こす。黒雀は、それに合わせたかのように、体重を消して側を離れた。


「私は、もしも、私の身に危機が訪れた時には、猫の先生が、自身の身を顧みず、助けに来てくれると、信じております……主に、この様な期待、無礼でしょうが、迷惑でしょうが、ですが、先生は、そういうお人です、困ったお人です、だから、お慕いしております……だから、寂しいのです、行って欲しいのです」


 椅子の上で、言葉を吐き出す度に、小さくなってゆくみつばちを見て、まるで風船の様だな、と御用猫は思った。


「私の言葉では、理由にならない事も知っています……ですが、私は、先生の、そんなお姿を見ていたくはありません、だから、申し訳ありません、これは、余計なおせっかいです……理由を呼んでおきました」


「理由? 」


 その時、ぱたぱた、と、足音が響いてきた。階下から駆け上がる足音は、小さく、軽く、しかし決意に満ちて、床板を踏み鳴らし、近づいてくる。


「ゴヨウさん!!」


 ばん、と、跳ね開けられた木戸が、留め具を軋ませ、悲鳴をあげた。そのまま、矢の様に飛び込んできた少女は、ベッドに腰掛ける御用猫に体当たりして、のし掛かってきたのだ。


「ききました! 聞いたのです! どうしてですか! 何で行かないのですか! あのような下衆にリリアドネ様を! 」


「ちょっと、落ち着けサクラ、いたい、痛いから」


 余りの怒りで沸騰してしまったのだろうサクラは、ずびずび、と、鼻水と涙を、御用猫の胸の包帯に塗りつけ、きつくしがみ付いたまま、荒い息を吐き続けるのだ。


「はぁ、ふぅ、なんで、ですか」


「何でもなにも……お前、ちっとは、後先の事も考えろ、御前試合を滅茶苦茶にして、どうなるかくらい」


「野良猫に、後先なんて関係ないでしょう! 」


「ぐっ、こいつ」


 なんて失礼な奴だ、確かにそうだが、他人に事実を突きつけるのは、とても残酷な事だと、誰か教えなかったのだろうか。


 マイヨハルトとは、一度、彼女の教育について、話し合わなければなるまい。


「……だとしても、そうする理由が」


「私が! 」


 ぴしゃり、と、言葉を遮り、サクラが身体を離す。くしゃくしゃになってしまった顔をみて、御用猫は、いつぞやの、彼女の泣き顔を思い出した。


「わたしが嫌だと言ってるのです! それが理由です! ゴヨウさんは、甘えて良いと言いました、言葉を違えるのですか! 可愛い妹が泣いているのです、お兄ちゃんなら助けるべきでしょう! ゴヨウさんは……私の、お兄ちゃんは、格好良くないと、嫌です」


「くっ」


 なんたる事か、御用猫は、呆れてものも言えない。


「くくっ」


 この可愛い妹は、兄に無理難題を、涙を武器に押し付けようというのだ。


「あははははっ」


 御用猫は、サクラを抱き締めると、その頭を、がしがし、と、乱暴にかき混ぜる。


 これは、もう、仕方がない、筋が、通ってしまったのだから。


「ようし、任せておけ、可愛いサクラを泣かせた奴は、お兄ちゃんが、きっちり、懲らしめてやるからな」


「……何ですか、それ、泣かせたのは、ゴヨウさんでしょうに」


 鼻を啜ったサクラは、御用猫の胸に手を回し、きゅっ、と、抱き締め返すと、そのまま顔を埋め。


「また、甘えます……ありがとう、お兄ちゃん」


 少し、照れたように頬を擦り付ける。


「……サクラ様、それ以上は、看過できません、兄妹だからと、言い訳出来ぬ一線ですよ」


「ふぁあっ!? 」


 すっかり存在を忘れていたのか、それとも、最初から目に入っていなかったのか、突然かけられた声に、サクラは、仰向けに倒れた。


 そして、今まで、全て見られていた事に思い当たったのか、両手で顔を押さえると、うーうー、と唸り始めるのだ。


「くくっ、さあて、可愛くも、我儘な妹の為だ、いっちょやるか、黒雀、チャムを探してきてくれ」


「うぃ、まかせる」


 どことなく機嫌良さそうに、小さな殺し屋は闇に溶ける。


 御用猫の頭は、すっかり晴れてしまっていた、野良猫は、切り替えの早さが自慢なのだ。


「うん、そうだな、この際、正面から行ってみるか……あと、みつばちよ」


「はい、なんなりと」


 どうにも、余計なお世話をしてくれた、このくノ一ではあるが、御用猫の気分は、悪くないのだ。多少は、感謝しても良いかもしれぬ。


「……お前、良い女だな」


 一瞬、何を言われたのか、分からなかったのだろう、惚けたように、ぽかん、と口を開けたみつばちであったのだが。


「なら、なら抱いてください! 気が変わらないうちに、今すぐ! はよはよ! 」


 至近距離まで詰め寄る彼女に揺すられ、御用猫は笑った、肩の痛みすら、気にならないのだ。


「うぅん、こんな事言ってるが、サクラ、どう思う? 」


 仰向けに身体を捩っていた少女は、がば、と、起き上がり。


「駄目に決まっているでしょう! はれんちな! 」


「ふがぁ」


 顔面を押さえられたみつばちが、潰れた蛙の、断末魔のような、悲痛な鳴き声をあげる。


 御用猫は立ち上がると、ひとつ、深呼吸する。


(教えて、やらねばなるまい)


 遊び半分で、野良猫に石を投げればどうなるか、あの、いけ好かない貴族様に、教えてやらねばならないのだ。



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