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続・御用猫  作者: 露瀬
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未だ名も無き御用猫

 クロスロードの東の外れ、人の住居と田畑の占める割合が、ついに逆転した辺りに、田ノ上道場は存在する。


 かつて「剣士が死ぬは簡単で、戦に出るか、田ノ上か」とまで恐れられたこの道場も、今は昔。


 現在は、青ドラゴン騎士を中心に、多少賑わいは見せているものの、少なくとも、苛烈極まる稽古にて、死人が出る事は、もう無いであろう。


 最後まで素振りを続けていたリチャードが、ティーナ達と食事の支度に取り掛かる頃、屋内稽古場の濡れ縁に、御用猫と田ノ上老の姿が現れる。しかし、珍しくも、その手元には酒器が見受けられないのだ。


 胡座をかいて並ぶ二人は、何事か話を続けていたようだが、いつもと変わらぬ田ノ上老に比べ、御用猫の方は、これまた珍しくも、何やら神妙な面持ちであるのだ。


「ふうん……ま、構わぬのでは無いか」


 田ノ上老の返事に、御用猫は内心にて胸を撫で下ろす。どうやら、道場を継ぎたいとの、リチャード少年の決意は、血を見る結末にだけは、ならないようである。


 おそらく、大丈夫だろうとは思っていたのだが、それでも御用猫は、探り探り、この大英雄の機嫌を損ねぬように、色々と溜まってしまっていた、近況報告を混えながらも、さり気なく告げたのであったが。


「……なんか、意外だな、てっきり反対……は、されないだろうが、文句くらいは言われるかと」


 そもそも、少年をこの道場に預けたのは、騎士として士官させるべく、彼をひとかどの剣士として、育てる為であったのだ。しかし、それを違え、田ノ上念流を背負って立つなどと言うには、正直、リチャード少年の実力は、未熟に過ぎるであろう。


「……たとえ、あと十年、死ぬほどに鍛えたとて、あやつの剣力は、今のお前に及ぶまいよ……だがな、あれ、は、強い男だ」


「……呪いか? 確かに、あの歳でくるぶしとも契約出来たしな……ホノクラちゃんも言ってたが、才能だけなら、宮廷呪術師以上だろう……でも、それこそ意外だな、親父殿は、そういったものを、嫌ってそうだったが」


 しかし、田ノ上老は、かぶりを振るのだ。


「そうではない、そうではないのだ、この歳になっての、儂はようやくに気付いたのよ……自分が如何に、弱かったのかと」


 一体、どれ程の冗談を言うものかと、御用猫は目を剥いた。この老人が弱いなどと言うならば、自分などは、一寸に満たぬ虫けらでは無いかと。


「あの、いとのこ男……憶えておるか? 」


 田ノ上老の口から零れた、予期せぬ言葉に、御用猫の心臓が、きゅう、と萎んだ気がした。


「彼奴が逃げる時にな……つこうておったよ、「退き千鳥」……懐かしいの、思わず、足が止まってしもうたわ」


 後退する為の技など不用と、一蹴したそれは、田ノ上老の一人息子が、自ら編み出したのだと、自慢げに、父に披露したものだったのだ。


「……親父殿」


「ティーナの、腹を見た事があるか? 」


 胡座を解き、向き直って正座した御用猫を遮るように、田ノ上老は続ける。意味の分からぬ質問に、野良猫も二の句が継げぬのだ。


「傷だらけよ……あれはの、こと、が終わると、夜中に泣くのだ……腹をむしってな、自分が許せぬと……幸せになってはならぬとな、そう、泣くのじゃよ……儂には、あやす事しか、出来ぬのぅ……」


 御用猫は、押し黙って聞いていた。普段の彼女から、その様な気配は、微塵も感じなかったのだが、露出の多い服を控えたのは、そういった事情であったかと、彼は自分の至らなさを恥じる。


「とても、そうは見えぬであろう? 強い女よ……そして、弱い女なのだ……しかし、それは、皆、そうなのであろう、強くもあり、また弱くもある……これほど簡単な事に、今更気付かされるとはのぅ」


「親父殿……話さねばならぬ事と、謝らねばならぬ事が、あるのです」


 がっ、と濡れ縁に両手を付き、御用猫は、田ノ上老の横顔を見つめた。日が傾き、寒風が彼の首筋を撫でるのだが、今の彼は、それ以上に、心の芯が冷えていたのだ。


「……よい、儂はの、それを聞きたいほどに、強くも無ければ……それで息子を責めるほど、弱くも無い……まぁ、しかし」


 どら息子では、あるがのぅ、と、田ノ上老は、優しげな笑みを浮かべ、その無骨な手を、御用猫の頭に載せる。剣のみに全てを捧げた、生まれながらの戦鬼の手の平は、しかし、不思議と、温かいものであったのだ。


「ぐぅっ」


 板に付くほど頭を下げ、御用猫は、顔を隠した。


 しかし、野良猫は、涙を流さない。それで罪を流そうなどと、たとえ、この手にかけた者達が許そうとも、自分自身が許さないのだ。


「のぅ、猫や……ひとつだけ、教えておくれ……田ノ上ギョーブは……どのような、男であった」


 御用猫の頭を、優しく撫でながら、田ノ上老が、静かに問いかける。


「……私にとって、二人目の師であり、強く、尊敬できる、お方でありました……彼が居なければ、今の私は在りません」


「……そうか……そうかぇ」


 それきり、二人の間に、会話は無かった。


 いかにも不器用な男達にとって、これは、初めての。


 父と子の、ふれあい、であったのだ。








今宵はここまで御用猫


明日も生きる野良猫の


次の語りはまたいずれ



御用、御用の、御用猫






 



これにて完結です。


ここまでお付き合いして頂いた皆様に、海より深く感謝申し上げます。


もしも、も、もう暫く読んであげてもいいんだからね! という方がいらしたならば「続続・御用猫」の方も可愛がってくださいませ。


しばらくお休みを頂いて、続編の投稿は明日からにします。



かしこ




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