表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
続・御用猫  作者: 露瀬
127/128

花吹雪 22

「私は四人に囲まれていました、大先生もアドルパス様も、賊を屋敷に入れぬ様にするのが、精一杯なのです、何しろ数が多いのですから、ティーナさんはフィオーレの援護で手一杯、これは、私が何とかしなければ、と、考えたのを覚えています、私は、まず足を狙いました、敵の機動を奪えば、八割の勝利というでしょう、低く構えて、嫌らしく笑う儀仗隊の奴らの、その膝頭を、それはもう、ばっさばっさと」


「そうなんだ、すごいね」


 サクラの武勇伝は、留まるところを知らぬ様子である。無理からぬことであろうか、いの一番に自慢したかった相手の御用猫は、ここ数日、昼夜問わずに後始末に奔走していたのだから。


 随分と溜め込んで、そして練りこんでいたらしい、流暢な話ぶりに、御用猫は呆れる他に無い。


 ふんこふんこ、と鼻を鳴らす少女には、皆の温かい視線が注がれていたのだが、ただ一人、イスミだけは大興奮にて、サクラの武勇を誉めそやしていたのだ。


(なんとも、芯の強いやつだ……普段と変わらぬ演技をしろ、とは言っておいたが)


 事情を知る御用猫にとっては、彼女の笑顔も、今はどこか、痛々しく見えるだろう。


 先日の騒動であるが、あれから、御用猫は廃屋に賊を縛り付け、イスミ達を連れて劇場に取って返した。ファング女史とリチャードに彼女らを任せると、報告の為にアドルパスとアルタソマイダスを呼び出し、イスミから聞いた、事件の経緯を説明したのだ。


 ステバンの事は彼も良く覚えていたようで、将来を期待していた誠実な若者の、どうにも不可思議であった不名誉の真相を知り、最初、烈火の如く怒り始めたアドルパスだったが、剣姫に睨まれると、奥歯を鳴らしながらも、一先ずは堪えた様子であった。


(やれやれ、アルタソも呼んでおいたのは、正解だったな……)


 御用猫ひとりでは、この野獣を抑えることなど、到底無理な話である。我を忘れたアドルパスは、弾丸のように公爵家に乗り込んで、全てを台無しにしてしまっただろう。


 しかし、その判断は間違いであったと、彼は後に後悔する事になる。


「……それで、ジュートはどうするのが良いと思うの? 」


「さてね、それを考えるのは、そっちの仕事だろう……ただ、公爵様を表立って処罰するのは、面倒が大きくなるんじゃ無いのか? お貴族様には、色々とあるだろうしな……まぁ、病気でも理由に、代替わりしてもらうのが一番だろう」


 サルバット公爵の影響力は、今も絶大である、このような不祥事の責任を問えば、政治的な力関係の均衡が崩れ、大きな政争を引き起こすであろうことは、野良猫にも充分に理解できるのだ。


「なんだと、貴様! あの様な下衆の肩を持つつもりか! 」


「アドルパス、様」


 ぐう、と唸る大英雄は、しかし、全くに納得した様子も無いのだ。ともすれば、自分も悪事の後始末をしたのやも知れぬのだ、真面目なアドルパスの事である、その心中の怒りは、ただ事ではないだろう。


 事実、ステバンの率いる儀仗隊は、サルバット公爵に敵対する貴族の関与する商会や、彼の意に染まぬ者達を排除する為に暗躍していたのだ。それにしても、公爵の後ろ盾があったならば、今まで儀仗隊が捕まらなかった事にも、納得が出来ようか、なにしろ、獲物の情報から、その警備状況まで、全て筒抜けであったのだろうから。


「とりあえず、儀仗隊は劇場と公爵家を襲って壊滅、首謀者は……そうだな、リチャードの仕留めた男がいたか、あいつを「儀仗」のハルヒコとしよう、そんで、ステバン君に洗いざらい白状して貰って、そいつを理由に、公爵様には、勇退して頂こう……あとは、煮るなり焼くなり、だ」


「ハルヒコはどうする」


 じろり、と、アドルパスは御用猫を睨みつけるのだ。もしも、彼の気に食わない意見を言おうものならば、首をねじ切られそうな視線である。


 内心、恐怖しながらも、御用猫は言葉を続けた。この理不尽な仕打ちには、電光石火の良酒を拝借する事で返そうと、密かに、そう心に決めるのだ。


「娘の事もあるし、情状酌量という事で、ここはひとつ、アドルパス様の保護下に入れては貰えませんかね? ……腕は確かなんですし、今回の事を恩に着せれば、命懸けで、クロスロードの為に働いてくれるでしょう」


 ふむ、と、アドルパスは顎をさする。どうやら、言葉は違えなかったようだ、御用猫は、ほっと息を吐き出し、後のことは、彼らに任せようと、そう決めたのだったが。


 結局、三日三晩、碌に睡眠も取れずに、事後処理を手伝わされる事となったのだ。




「ジュート、貴方は今日からテンプル騎士だからね」


 挙げ句の果てに、この仕打ちである。


「そう心配しないで、今までと変わりは無いわ、ジュートは王女直属の密使として扱うから、登城する必要も無いし……まぁ、名前を借りるだけよ」


「おことわ……」


 言いかけた御用猫の肩が、めぎり、と悲鳴を上げる。背後に立つアドルパスの、熊のような両手が、彼の命まで鷲掴んでいるのだ。


「ほら、公爵の孫娘、あの女優さん……イスミだっけ? あの娘に言ったんでしょう? 俺は正義の味方だーって……格好良いわね、流石、名誉騎士様よ、あと、ステバンからも聞いてるわ、彼ね、この話をしたら、貴方のために尽くしたいって……うぅん、これは、仕方ないわね、自分の言葉と行いには、責任を持つべきよ」


 なんたる事か、アルタソマイダスは、御用猫に意見も聞かず、全ての手配を整えていたのだ。儀仗隊の中には、賊上がりの無法者だけでなく、ステバンの身の上に同情し、共に下野した元騎士達もいたというのだ。


 もう一人の副官、エルドレッドと、田ノ上老達に捕らえられた数人は、そういった者達であり、既に組織化され、御用猫の配下として活動する為に、準備を終えているのだという。


「なに、問題無かろう、お前の愛人達と、同様に扱えば良いだけの事だ、ティーナに繋ぎは任せておいたから、後は上手くやれ」


 よいな、と、御用猫の肩に、杭のような爪をめり込ませ、アドルパスに念を押されてしまえば、哀れな野良猫に、断るすべが、あろう筈も無いのだった。




「はぁぁぁー」


「む、どうしたのだ? 浮かぬ顔をして……仕事は問題無く片付いたと聞いていたのだが」


 大きく溜め息を零した御用猫に、リリィアドーネが問うてくる。事の全てを知っているのは、御用猫の他には、リチャードのみであった、マルティエでの宴会は、此度の仕事の慰労と、花組からの感謝という事で、ささやかながらも、賑やかに行われていた。


「あぁ、いや、リリィの美しさに見惚れていただけだ、気にしないでくれ」


 我ながら、なんと大根役者であろうかと、苦笑するのだが、それでも目の前の少女には、効果覿面である様子なのだ。


「先生、少しは稽古した方がいいんじゃないのー? そんなんじゃ、アタシには通用しないんだからね」


 ひひひ、と笑いながら、イスミが肩を寄せてくる。なるほど、大した演技力であろう、彼女の瞳には、まるで陰が感じられぬのだから。


「……ね、ちょっといいかな? まだ、ちゃんとお礼も出来てないし」


 押し出されるようにして、御用猫は席を立つ。少しばかり、リリィアドーネの頬が膨れたが、まぁ、この程度ならば問題無かろうと、彼女の肩を叩いて店外に移動した。




「……クラリッサ、ね、私の事は、覚えてたよ」


「そうか」


 長椅子に二人で腰掛け、人通りの少なくなってきた通りを眺めながら、イスミは俯き、ぽつりぽつり、と話し始めた。


 花組の者達には、襲撃の恐怖で記憶が飛んでいると説明してある。ステバンは反対していたのだが、クラリッサは、花吹団で再び働く事を望んでいる様子であった。


 どうやら、歌劇にたいする情熱と、ファング女史に対する憧れは、彼女の本当の気持ちであったようだ。


 しばらくは、ファング女史と連れだって、舞台監督の勉強をするらしい。


「罪滅ぼし、などというつもりはないよ……ただ、彼女の才能は、こちらにこそあると、前から思っていたのさ」


 どうだい、自己中心的だろう、と、どこか自嘲気味に、ファング女史は笑った。


 結局、彼女が行った自作自演の事は、イスミにも伝えていない。皆が落ち着き、全てを飲み込めるようになったならば、打ち明ける事もあろうが、それはもう、御用猫の手出しするべき領域では無いだろう。


 皆が皆、少しづつ、演技を続けていくのだ。しかし、それは、自分も含め、全ての者がそうであろうと、御用猫は考えていた。


 今は、これで良いと考えたのだ。


「あのね、アタシ、止まらないよ……何があっても、駆け上がるって、あの子にも……クラリッサにも、言っちゃったしね」


「そうだな……それが一番、お前らしいさ」


 短い付き合いではあるが、そう理解出来るほどに、彼女は眩しかった。卑しい野良猫には、到底、手の届かない存在であろう。


 前を向いた彼女の横顔を、視界の端に収め、御用猫は、小さく笑う。


「はぁー、でも、この勝負は、アタシの負けだなぁ……自分では、結構、負けず嫌いな方だと思ってたんだけどねー……まぁ、仕方ないか」


「ん、なんか勝負してたっけか? 」


 溜め息を吐いたイスミの方に顔を向けると、彼女は御用猫の唇に、つん、と、そのくちばしを触れさせた。


「ひひっ……惚れちゃったからね、アタシの負け」


 月明かりに照らされ、少しだけ、はにかんだ少女は、やはり、眩しいものであった。


「いや、この勝負は引き分けだろう」


「ほほぅ、なんでかな? 」


 にやり、と笑った御用猫は、彼女の頭を優しく撫でると。


「……お前の一番は、歌劇だから、な」


 だから、引き分けだ、と告げた御用猫に。


 少女は、再び、眩しい笑顔を見せるのだった。







凍てつく明日に負けまいと


振るった勇気ひとかけら


猫の足跡種蒔けば


白のすみれが春に咲く



御用、御用の、御用猫













評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ