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続・御用猫  作者: 露瀬
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花吹雪 16

「……若先生、自分よりも、強い相手と戦う場合、どのようにすれば良いでしょうか」


 地べたに座り込み、荒い息を吐きながら、少年は、彼の敬愛してやまぬ師である、傷面の男を見上げる。


「逃げろ」


 しかし、その男から返ってきた答えは、少しばかり、少年の期待とは離れたものであったのだ。


「いえ、逃げられぬ場合のことです……そもそも、今の僕には、自分より弱い相手と対峙する事の方が、まれ、でありましょうから」


 少年は、その造りの良い顔に苦笑を浮かべると、木剣を杖代わりに、よろよろ、と立ち上がる。彼の師である傷面の男は、十ほど歳上であるはずなのだが、どれほど希望的な観測を行なったとしても、十年後の自分が、その場所に辿り着けるとは思えないのだ。


「この先、逃げられぬ戦い、避けられぬ諍いもありましょう……それに、僕にも守りたい物が、確かにあるのです、できたのです」


 少年は、ふらつく脚に力を込め、それ以上の視線にて、我が師を見つめた。不敬であろうかと思いもしたのだが、この気持ちに、嘘偽りがあろうはずも無い。


「そうだな……相手の弱味を突け」


「それは、常套ですね、ですが、自分よりも強い相手に、かような弱味がありましょうか? 」


「無ければ、作れば良いだろう? 」


 師匠の言葉に、少年は考え込むのだ。果たして、その様な事が可能であろうかと。


「難しく考える必要はないさ、相手の力量を、腕力や技術だけで推し量るから、弱味が見えないのだ、色かたち、匂いや性根、全てと向き合え、言葉で揺さぶれ、仕草はどうだ? 何か癖があるやも知れぬ……全てを見抜け、急所に食らいつけ……生き残るとは、そういうことさ」


 少年には、理解できぬ。


「正直……分かりません、しかし、そのお言葉、決して、忘れません」


 今も、理解からは遠いであろう。




「ファングさん、少しばかり、お話を伺っても? 」


「ほう、ようやくに、決心がついたかね? それは重畳、なに、心配は要らないさ、君は必ず受け入れられるだろう、私に任せておけ、時流を読んで下地をつくり、いずれは「男組」を発足……」


「イスミの事です」


 ぴたり、とファング女史の動きが止まる。彼女は溜め息をひとつ、椅子を引くと、リチャード少年に向かいへ座るように促した。


(彼女の弱味は、イスミさん以外に、ないでしょう)


 なので、少年は機会を窺う。獲物が弱り、その喉笛を晒す瞬間を、じっと、待つのだ。


「僅かな時間ではありましたが、花吹団の一員として、ここで稽古した事、僕にとっても、貴重な体験となりました、ファングさんには、感謝しています」


「……なんだい、まるで、別れの挨拶のようじゃないか」


 右の掌を上に向け、ファング女史がおどけてみせる。どこか芝居掛かった動きであるのは、これはもう、職業病であろうか。


「いえ、まだ仕事は終わっておりませんので……しかし、今の言葉は僕の本心です、ここの団員達は、皆ひたむきで、裏方までもが、確かな自負心をもって働いております、これは、素晴らしい事です」


「ありがとう……そうだね、皆、素晴らしい仲間達だよ……私は、芯から、感謝しているし、誇りに思うのだ」


 優しげな表情の彼女は、満足気であった。


「しかし、まだまだ、これからだよ、やる事は沢山あるのだ、やりたい事も、ね」


「……彼女を、イスミを、危険に晒してでも……ですか? 」


 途端に、彼女の瞳は曇るのだ。もし、これも全て演技であるならば、リチャード少年は、二度と女性を信じる事ができぬであろう。


「分かっている……私にも、分かっているのだ、彼女の事を思えば、殴りつけてでも休場させるべきなのだと……しかし、それでも、私は彼女を舞台に上げてやりたい……先を見たい、あの才能は、本物なのだ、舞台の上の彼女は、眩しいのだ……私は、どうしても、観たいのだ」


 だから、お願いだ、と、ファング女史は、リチャード少年の手を握る。


「守ってやっては、くれまいか」


「この身に代えても」


 少年の口からは、自然に言葉が紡がれた。この稽古場で、怪しまれずに、自由に動けるのは、やはりファング女史しかいないだろうと、少年は、そう思っていたのだが。


(ああ……このように懇願する人が、イスミを害する筈がない……)


 ならば、この違和感の正体は、なんだというのか。彼女は何かを隠しているのか、それは何なのか。


 牙を躱された少年は、再び思考の海へと沈んでゆくのだった。



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