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続・御用猫  作者: 露瀬
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花吹雪 15

 王都クロスロードを中心に、国内各地を荒らし回る盗賊団「儀仗隊」、その頭目である「儀仗」のハルヒコは、戦に敗れた西方都市国家の残党だとも、元テンプル騎士だとも言われていた。詳しい経歴は不明であったが、その名が示すように、騎士であった事は間違いないという。


 この盗賊団は、わざわざ予告状を届けてから仕事を行なっていたのだが、時折、予告した場所以外で盗みを働き、かと思えば予告通りにと、予告自体を目眩しとして利用する手口を得意としており、各町の騎士団を悩ませていたのだ。


「ふむ、それで、その予告状が花吹団に届けられたと」


「そういった次第なのです」


 額に手を当てるファング女史は、少々疲れた表情を見せている。これは、決して、かの大英雄「石火」のヒョーエを目の前にしているから、という訳ではないだろう。


 打ち合わせの為に、田ノ上老を伴ってティーナが店に現れるのと、殆ど同時、儀仗隊からの予告状を握り締めたファング女史が、マルティエの亭に駆け込んできたのだ。


「若先生、これは、本当に今回の事件と、関わる事なのでしょうか? 」


 リチャード少年の疑問も、もっともであろう。確かに、人気沸騰中の花吹団は、多大な利益を得ているだろうが、劇場の売り上げは、その日のうちに護衛付きで、銀行まで輸送されるのだ。


「多少の目眩しには、使えるかもしれないが、あまり、現実味はないだろうな……まぁ、イスミを盗むって言うなら、分からなくもないが」


 確かに、現金護送車を襲撃するなど、危険が大き過ぎるであろう、実行する可能性の低い予告状など、目眩しの意味をなさないのだ。


 儀仗隊の予告は、あえて日時を指定していない、警備に疲れ、もう来ないであろうかと護衛を引き上げさせたその夜に、襲撃を行なった事さえある。そのように頭の回る盗賊が、金のある日が限定されている劇場など、狙う筈も無いだろう。


 そのような事を、御用猫は説明するのだが。


「とはいえ、目的が金、とも限らんであろうかの」


 田ノ上老の言葉に、御用猫も頷くのだ。確かに、その可能性も充分にあるだろう、先日の脅迫状も、彼らの仕業であるかも知れぬ、もしくはその差出人が、盗賊を雇ったとも考えられるのだ。


「まぁ、とりあえずは、現状維持だな、俺たちは護衛を、サクラは儀仗隊の居所を……サクラ? 」


「つーん」


「だから、口で言うな……なにそれ、流行ってんの? 」


 御用猫は、くちばしを尖らせる少女に向き直ると、その膨らんだ頬を指で突く。


 しかし、今回ばかりは、彼女の気持ちも分かるであろう。今回の事件に、儀仗隊が関わっているやも知れぬ、との情報を手に入れたのは、偶然が重なった結果とはいえ、他ならぬサクラ自身であったのだから。


 薄い胸を張って、自慢気に報告をするつもりが、ファング女史の持ち込んだ予告状のせいで、折角のそれは、賞味期限のきれた果物の様になってしまったのだ。


 もっとも、自信満々に発表した後で、儀仗隊からの予告状を見せられたならば、それはそれで、微妙な心持ちになったであろうが。


(サクラめ……哀れなやつだ、流石に、少々可哀想な気もするな)


 多少は、慰撫してやるべきだろうかと、御用猫は彼女の頭に手を載せる。


「サクラよ、まだ、仕事が終わった訳では無いぞ? お前の出番はこれからだろう、花吹団を狙う悪党どもを、華麗に退治し、イスミの危機を救うのだ……俺たちは彼女の身を守らねばならぬからな、これは、お前にしか出来ぬ仕事なのだぞ」


 ちろり、と少女の瞳が、御用猫の方に移動する。ひくひく、と、兎の様に鼻が動き始めた。


「……ま、まぁ、私だって、それは、途中で仕事を投げ出すような真似はしませんけれど……ゴヨウさんだけでは心配ですしね……そう、そうなのです、お任せください! 儀仗隊だかなんだか知りませんが、盗賊ごとき、私と田ノ上念流の敵ではありません! 」


 あっという間に、いつものサクラである。簡単といえば簡単な女ではあるのだが、御用猫は、彼女のそういったところを、非常に気に入ってしまっている。


「よしよし、頼りにしてるからな」


 頭を左右に、すっかり気を良くしたサクラを、なにか羨ましそうに、リチャード少年と、なぜかイスミも眺めていた。


「しかし、こうなると荒事になるかもなぁ……みつばちは居らぬし、別行動するサクラの補助に、腕の立つ者が必要だなぁ」


 ぴくり。


「わか……うぅん、そうですね、サクラを信じぬ訳ではありませんが、敵の頭数も知れませんし……ですが、このような些事、大先生を頼るわけには……」


 何か言いかけて、しかし、リチャード少年は即座に理解したのだ。少しばかり、悪戯な笑顔を浮かべているだろうか。師弟ふたりは、揃って田ノ上老に視線をおくるのだ。


「なんじゃ、リチャードめ……全く、悪い所ばかり、似てきておって」


「ふふ、可愛い弟子達の為ですもん、頑張りましょうね……あ、でも、大先生? やり過ぎは、駄目ですからね」


 ティーナの言葉に、皆が笑い始めた。


「なんだよー、なんか楽しそう、でも、ありがとうございます! アタシ、絶対、次の舞台は輝くからね! 」


 だから、次こそちゃんと観てよね、と御用猫に肩をぶつけて、イスミが笑う。


 店内は笑いに満ちていた、呪いで偽装しているため、イスミとは気付かぬが、常連客達にまで、笑いは伝播しているようである。


 しかし、ただひとり、ファング女史の瞳に、何か暗い光が見えたようで。


 野良猫は、心の内にて、爪を研ぐのだった。



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