腕くらべ 11
どこからが、余計なお世話であろうか。
その夜鷹を初めて見たのは、御用猫がクロスロードに来た頃であった。
大年増の、少し太った女で、名は、何と言ったか。ふくよかな割には、疲れた顔をしている、と思った記憶がある。
歳がいったせいで、遊郭では働けなくなったと言う彼女は、腹を空かせた御用猫に、立ち食い蕎麦と、一本の、みたらし団子を恵んでくれたのだ。
恩義に感じたわけでは無い。御用猫も餓鬼の頃であったし、他人の情けも覚えぬ程に、それ程に、荒んだ心持ちの頃でもあったのだ。
だから、地元のやくざに、稼ぎを奪われそうになっていた彼女を助けたのも、たまたま通りがかっただけの事であり。
「ありがとうよ、坊や、でもね、これは、余計なおせっかい、というものなんだよ」
夜鷹の顔は、疲れていた。
しかし、などと言われても、それがどういった意味であるのか、その時の御用猫には、理解は出来なかったのだ。
ただ、助けられて文句をつける夜鷹に、少々腹を立てた事と、次の日に、同じ場所に転がる女の死体を見て、何とも言えない気持ちになった事を、はっきりと覚えている。
夜鷹が死んだのは、自分のせいとは言えまい。再び、目の前で同じような目にあう者がいれば、また、同じように助けるだろう、今ならば、もう少し上手く出来るだろうか。
しかし、また、あのような思いをするくらいならば、中途半端に関わるべきでは、無いのかもしれない。
御用猫は、未だに、そう、迷う事もあるのだ。
「……余計なおせっかいに、なるのかなぁ」
「先生ぇ、御用猫の先生ぇー、生姜も一緒にくだせえ、うめーでごぜーます、ぐぇー」
テーブルに顎を乗せる卑しいエルフは、マルティエ謹製の、魚料理に夢中である。
「少し早いかもだけど、脂がのってたから」
と、棒手振り少年から購入した型の良いイトヨリを、煮付けと吸い物にしたのである。
とろとろ、に脂がのった白身を、煮込んだ生姜と共に、子エルフの口に運んでやると、チャムパグンは、ひとくち毎に、感嘆の鳴き声をあげるのだ。
「お前は、悩みとか、無さそうだよな」
とりあえず、食って寝ていれば、幸せそうでは、あるのだが。
「なんだと、失礼な、悩みくらいありますぜ」
もっとくれ、と、口を開けながら、テーブルを叩き、卑しいエルフが主張する。
「どうせ、晩飯の献立とかだろう」
「先生ぇ、しょせん、ね、何をどうやったって、どっかで誰かの、余計なお世話ってもんは生まれてきやす、ならば、あれこれ気にして、おっかなびっくり生きるのは、損ってもんでしょうが、ワハハ」
なんとも、チャムパグンらしい卑しい思想だが、至言では、あるか。
悪魔の囁きとはいえ、御用猫は、何となく、楽になったような気もするのだ。
「……なかなか、今のは良かったぞ、頰肉を食わせて進ぜよう」
「かしこみー」
くるり、と頰肉を取り出し、食わせてやる、前歯を小刻みに震わせ味わう姿は、げっ歯類を思わせた。
「……ただいま戻りました」
ぬるり、と、みつばちが現れる。
突然に気配を現すこの志能便たちにも、御用猫は、すっかり慣れてしまったのか、最近では、文句を言う事も忘れてしまっている。
いや、諦めた、と表現した方が近いだろうか。
「どした? 何か調べる事があったっけ」
「いえ、お耳に入れるかどうかは、微妙な話なのですが、知ってしまった以上、黙っているのも、発覚した時に怖いと言いますか」
何とも、みつばちにしては歯切れが悪い。普段ならばともかく、こうした報告は、手早く明瞭に行う女であったのだが。
「何だよ、どうせ、ダラーンの調査を内緒で続行してたんだろう? 今更、何か弱みを握った処で、役には立たないと思うが」
まぁ、言ってみろよ、と、卑しいエルフに、給餌をしながら先を促す。
弱み、とは違うと思うのですが、などと、もごもご続けるみつばちは、少し上目遣いに、御用猫の顔色を伺うように。
「ダラーンが、裏口屋を使い、貧乳騎士を闇討ちしました、利き腕の腱を切られたそうです……明後日の試合までに、完治は不可能かと」
果たして、どこからが、余計なおせっかい、なのだろうか。
自分でも分からぬものは、動きようもないのだ。