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続・御用猫  作者: 露瀬
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花吹雪 12

 状況が動いたのは、それから十日後の事である。


「ねーねー、チャーリー、お稽古、終わったら、マルティエ、行かない? 」


「イスミさん、また、ですか、このところ、毎日、では、ないですか、家の方に、心配されるのでは」


 指導員の手拍子に合わせ、二人は調子良く踊り続けている。板張りの広い床を備える、この屋内練習場は、潰れた町道場を改修したもので、今は花組の拠点となっているのだ。


 真冬だというのに、室内は熱気に満ちており、人いきれと空調の呪いで、汗をかく程である。リチャード少年以外は、既に上着を脱ぎ去り、些かあられもない姿といえるだろうが、彼の他には、いや、少年が今はチャーリーと名乗り、男役女優の見習いで通している以上、男性の視線を、気にする者も居ないだろう。


(我がことながら、少しばかり、馴染むのが早いようで、呆れてしまいますね)


 元々、丁寧な物腰と、それこそ花の様な笑顔のリチャード少年なのである。他の女優達はおろか、今ではイスミ達でさえも。


(なにか、女として扱われているような……)


 少年には、そんな気もするのだ。


「はい、抱いて! 」


 指導員の合図に、少年の身体が自然と動く、イスミを抱え上げると、腰に巻き付けるように、くるり、と回して一度、見得を切る。


 すると、遠くから、わっ、と歓声が上がった。花吹団の練習風景は、一般公開こそされて居ないのだが、熱心な小組の練習生や、年端も行かぬ入団希望者は、見学する事を許されていたのだ。


「うん、良いぞチャーリー、動きに慣れてきたか? 軸もぶれぬし、勢いもあるな」


「ありがとうございます」


 引退した元花組の女優である、この女性は、随分とリチャード少年を買っている様子だ。見るからに美形であり、華もある、そして記憶力、演技力、体力も抜群で、しかも歌声には、何ともいえぬ色気すらあるのだ。


 これでは、指導員として期待をかけぬ方がおかしいであろうか。一息ついた他の者も、彼を褒める為に近寄ってきた、最初こそ訝しんでいたようであるが、最近では、すっかり皆も、彼を認めたようであるのだ。


(しかし、これはこれで、勉強になりますね)


 こうした芸事など、初めての体験ではあったが、この流れるような動きに、歌の呼吸や演技なども、剣術に取り入れる事が可能ではないだろうか、などと、真面目な少年は考えていたのだが。


「ちょっと、手くらい振ったげなよー、そーゆーのも、大事なんだからね? 」


 イスミの言葉に、思考を中断して稽古場の外を見れば、確かに、彼は注目を集めているようだ。ファング女史の肝入りで引き揚げられた、という噂は、皆が耳にしているのだろう、少年は、やや引きつった笑顔ながらも、そちらに向けて、小さく手を振るのだ。


 途端に、きゃいきゃい、と華やかな嬌声が沸き起こる。


「ち、チャーリーさまぁー! 」


「ね、見た? 今、私に手を振ってくれたの」


「素敵……あの瞳、まるで宝石みたい……」


 少年は、堪らず顔をそむける。とにかく、彼の美貌は、飛び抜けたものがあるのだ、年若い少女達が、あっという間に虜になるのも、無理からぬことであろう。


 体型を隠す為にと、袖長の上着を脱ぐ事は無く、事実、田ノ上道場での苛烈な稽古に慣れていた彼にとっては、少々物足りぬ運動量であったのだが、その余裕がまた「汗ひとつかかない」と話題を呼び。


「ううん、大した人気だねー、流石「白金王子」、こりゃ、私もうかうかしてらんないよ! 先生、もう一曲いきましょー! 」


「……リリィ様の気持ち、少しばかり、分かった気がします」


 溜め息は溢れたが、しかし、いざ練習が始まってしまえば、彼はいつでも、全力なのである。


 ファング女史から呼び出されたのは、それから四曲ほど、歌い踊った後であった。




「ふぅん……脅迫状、ねぇ? 」


 膝の上に黒雀を抱えた御用猫は、彼女の唇にくっ付いた米粒を指で摘むと、ぱくり、とそれを口にする。北の開拓地から運ばれてきたという、ワカサギの天ぷらが、黒雀はいたく気に入った様子であり、今も無心に箸を進めているのだ。


 建物内では、リチャード少年を張り付かせ、屋外では、彼の他に黒雀も護衛として付けてある。少々の実力行使ならば簡単に排除出来るであろうし、また、そうなれば、話は早いだろうとも、御用猫は考えていたのだ。


「そうなのよ、次の舞台、アタシは参加するなって、そのまま引退しろって、全く、頭にくるよねー……ねぇ、その娘って、先生のなんなの? 」


「若先生、イスミは男役も女役もこなせますし、この書状を送った相手が、彼女を疎ましく思う役者なのか、それとも商売敵なのか、未だ判断はつきかねます」


 ふぅん、と、再び顎をさする御用猫は、そのまま右の指を滑らせ、何か物足りなさそうに、今は隠してある鼻筋の傷痕をなぞるのだ。あれから毎日のようにイスミがやってくる為、御用猫は常に辛島ジュートの姿であるのだ。


「どのみち、次の公演までに、何かの動きがあるだろう……なんとか、そこで押さえたいな、サクラ達も動いているが、こればかりは手間がかかるだろうしな……それに、余りに時間をとられれば、チャーリーがそっちの世界から、戻ってこられなくなりそうだし」


「だから、若先生! 」


 少年は、今も女性服のままなのである、流石に、スカートは断固として拒否していたのだが、本人も女性らしい仕草を心掛けているらしく、これは、フィオーレの真似をしていたそうであるのだが。リリィアドーネなどは、先日、少年に対して、初対面の挨拶をした程であるのだ。


「悪い、だが、気を抜くなよ? こないだ階段に細工をしたのは、間違いなく内部の人間だろう……俺は側にいてやれないからな、イスミは、お前が必ず守れ、いいな? 」


「はい、心して」


「うん、いい台詞だし、ありがたいけどさ、何でその娘のお腹揉んでるの? そーゆー趣味なの? どーゆー関係なの? 」


 ねえねえ、と御用猫の袖を引くイスミに、膝の上の黒雀は食事を中断し、くりっ、と顔を向けると。


「つま」


 その人形のごとき造りの良い顔に、自慢げな笑みを浮かべたのだ。


「ねーねー、どうなの? 気になるよ、アタシ、そーゆーの気になると眠れないんだよー」


 ゆさゆさ、と御用猫を振り始めたイスミに、一瞬だけ、驚愕の表情を見せた黒雀は、小さく呟いた。


「……てごわい」


 リチャード少年の溜め息は、増えるばかりである。




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