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続・御用猫  作者: 露瀬
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花吹雪 11

「でもさ、なんで猫の先生は、ファングさんを疑ってるの? 」


「疑ってる訳じゃないさ、ただ、何となく引っかかるんだよ」


 ティーナの酌を受けると、御用猫は猪口を傾け、するり、と透明な酒を喉に流し込む。アドルパスから贈られたこの清酒は、最近になって栽培され始めた、東方品種の酒米から造られたという上物で、新たな銘柄として「電光石火」と名付けられたらしい。


「またそれ? 大先生もそうだけど、ほんと、剣士様達は、勘働きってやつが好きよね……私に言わせれば、呪いよりも、そっちの方が不思議なんだけどね……妙に当たるし」


 剣士に限らず、こうした天性の異能と呼ぶべき、不可思議な力を手に入れる者達は、僅かとはいえ、確かに存在するのだが、神や精霊といった、目に見えぬものに助力を得て行使する呪いと違い、その力は実にあやふやで、果たして、真に力を持つのか、それとも偶然か、はたまた只の感違いであるものか、神ならぬ人の身には、判別は難しいだろう。


 とはいえ、御用猫とて何の考えも無しに、行動している訳でもないのだ。


「別に、山勘で動いてるつもりは無いんだがな……何ていうか、この仕事、おかしいとは思わないか? 」


「若先生、それは、どういったお話でしょうか」


 田ノ上老に責められ続けていたリチャード少年が、好機とばかりに食いついてくる、もっとも、この真面目な少年は、絡まれていなくとも、参加してきたに違いないだろうか。御用猫は、苦笑を浮かべ猪口を空にすると、手酌にて酒を注ぎ足しながら、返答するのだ。


「そうだな、そもそも、ファングと公爵は、何故アドルパスに、この話を持ち込んだ? 孫娘の面倒ごとくらい、自分の手兵で何とでも解決するだろう」


「それは、アドルパス様のお話にありましたが、サルバット公爵様は、こういった揉め事を、以前から何度も持ち込んでいたとか」


 すらすら、とリチャード少年が意見を述べる。最初に聞いたアドルパスの話では、確かに幾度も尻拭いをしたと言ってはいたのだが、しかし、なんと見事な記憶力であろうかと、御用猫は感心すること、しきりなのである。


「そうだな、だが、今回は荒事では無いし、大英雄様の威光も通用しないだろう……リチャードよ、仮にお前が公爵様であったなら、こういった仕事をな、あの、いかにも融通の利かぬ、赤い熊おやじに、頼むと思うか? 」


 わはは、と、横から田ノ上老の笑いが聞こえるが、リチャード少年の表情は、固いままである。


「それは……しかし、考え過ぎではないでしょうか? それ程にアドルパス様が信用され、頼みにされている、という事でしょう」


「そうかもな、いや、その通りだろう……なればこそ、ファングの反応が引っかかるのだ、あいつは、芯からイスミの事を考えている、それは直ぐに分かった、だからこそ、おかしいのだ……なぁ、リチャードよ、ファングは何故、初対面の俺たちを、簡単に受け容れたのだ? 」


「……あっ」


 リチャード少年が、思わず声を漏らす。御用猫の気がかりに、彼も辿り着いたのだろう。


「ははぁ、成る程……確かにそうね、信用と実績のあるアドルパス様かテンプル騎士ならともかく、辛島ジュートとかいう得体の知れない名誉騎士と、あとは子供ばかりだもの、普通なら、それは心配しちゃうわよね」


 有能な情報屋でもあるティーナも、その辺りの事を察したのだろうか、空になった田ノ上老の猪口に酒を注ぎながら、納得したように頷いている。


「まぁ、考え過ぎではあるかもな……ファングがイスミに何かをするとは、やはり思えない」


 中央のテーブルでは、調子に乗ったイスミとサクラが、立ち上がって歌い始めていた。昨日の舞台の踊りを教えているものか、サクラに足取りの指導もしている。


 そして、それを見つめるファング女史の眼差しは、確かに、温かいものであったのだ。


「ふぅむ、だがの、人の心は分からぬものよ……若く有望な後輩相手ならば、嫉妬がはたらく事もあろう、しかし、それが、好意と両立したとしても、けして不思議ではないだろうよ……のぅ、猫や」


 一瞬、田ノ上老の目が、まるで詰問するかの様に、鋭く光ったような気がした。


(う、これは、気付いてるな)


 甚助老との死闘については、まだ報告さえしていなかったのだが、この戦鬼に対して、血の匂いを完全に隠す事は、流石に不可能であろうか。


 この仕事が終わったならば、一度、ゆっくり話さなければならないだろう、リチャードの事も含め、色々と相談も尽きないのだから。


「ま、よいわ、新年早々、忙しいことではあるが……おじいさまの為に、せいぜい、頑張ってくるがよかろ」


「その嫉妬は、好意と両立してるんですかねぇ? 」


 からから、と笑いながら突き出された猪口に、酒を満たしながら、御用猫もつられて笑う。


 マルティエの店は、笑顔で満たされていた。明日までは、街も祭りの疲れが抜け切らぬだろう、元々客も少ない為に、簡単に貸し切る事が出来たのだ。


 祭りの余韻が抜ければ、また、何時もと変わらぬ毎日が始まるのだろう。


(せめて、今回は後味の良い仕事である事を、願いたいところだな)


 いつの間にか、膝の上に登ってきたチャムパグンの、卑しく膨らんだ腹を揉みしだきつつ、御用猫は猪口を傾ける。


「若先生、どうぞ……彼女の事は、どうかお任せください、こうなれば僕も、腹を括るつもりです」


 徳利を差し出すリチャード少年は、決意に満ちた瞳の色をしているのだ。この目をしているならば、心配は要らないだろうか。


 彼の注ぐ酒を受けながら、御用猫は頬を綻ばせる。


「あぁ、期待してるぞ……チャーリー」


「わ、若先生! 」


 真っ赤になってテーブルを叩くリチャード少年に、田ノ上老とティーナが、楽しそうに再び絡み始める。


(ん……しかしこの酒は、なかなかに、良いものだ)


 卑しいエルフの腹を撫でさすりながら、御用猫は、透き通ったそれを、つるり、と流し込むのだった。




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