花吹雪 9
「そんでお前は、何しに来たんだよ? 」
「ごめんなさい、総括が長引くとかで、みつばちからの伝言と、あと、先生の護衛だそうです、ごめんなさい」
ぺこりぺこり、と頭を下げながら、しかし、その
黒い瞳だけは、全く悪びれた様子の無い大雀である。子エルフ達と三人並び、各々が両手に、何かしらの肉を握っているのだ。
「まぁ、伝言の方は予想がつくからいいや、護衛も要らないから、もう帰ってください」
「やだ」
一体何を勘違いしたものか、黒雀が腰に抱き着いてきた。以前から彼女は、帰還命令に背く事が多かったのだが、最近ではそれを隠そうともしないのである、これは志能便としては、問題のある行動だろう。
しかし、それによって助けられた事が、何度もあるのだ、あまり強くも言えない御用猫は、みつばちに頼み込んで継続的に黒雀を雇い、今では、彼女を半ば自由に行動させているのだ。
「ああ、よしよし、お前の事じゃないからな……でも、服が汚れるから、肉を食べてからにしようね」
「うわ、相変わらず気持ちわるい……そいつは中に色々仕込んでるから、さぞかし具合が良いんでしょうね……ごめんなさい、私はそういうのないんで、お相手するつもりはありませんからね、ごめんなさい」
なにやら恐ろしげな発言もあったのだが、御用猫はいつものように、それを聞き流す。志能便達の異常性については、充分すぎる程に理解しているのだ、今更に驚く事もない。
「はいはい、分かったから帰れ、マルティエは明日からだし、まぁ、今夜の飯くらいなら食わせてやるから、他の奴と交代してこい」
「また姫雀ですか、ごめんなさい、でも、あいつだけはやめておいた方がいいですよ? あの売女の催淫は天然物だから防御できませんし、一度やったが最後、干からびて死ぬか、豚に成り下がるかの二択です」
「なにそれ怖い」
余りに恐ろしげな情報を、流石に聞き流せなかった御用猫は、その女にだけは近づくまいと、心に刻んだ。
「まぁ、今のところ、大雀の力は必要無いから、帰ったらみつばちに伝えておいてくれ、お前も忙しいなら、用事を全部済ませて、ゆっくり戻ってこいってな」
「分かりました、でも、ご飯はくださいよ? 気持ちわるいの我慢して会いに来てるんだから、そのくらいの役得が無いとやってられません、ごめんなさい」
しかし、いつまでたっても慣れぬ女だ、と御用猫は顔を顰める。同じ邪な生物といえど、悪意が無い分だけ、チャムパグンの方がはるかに、まし、であろう。
なんとは無しに、卑しいエルフを抱き上げ、ぐしぐし、と、その油で汚れた口周りを、手拭いで綺麗にしてやる。
「……先生ぇ、拭いても綺麗にゃ、なりませんぜ? それは、エゴってもんですよ」
どきり、と御用猫の心臓が跳ねる、たまに、この卑しいエルフは、人の核心を突いてくるのだ。
「はぁ、まぁ……そうだな、人間、いろいろか」
御用猫は、溜め息を、ひとつ。
確かにそうであろう、御用猫とて、この手の汚れは、決して消える事も無いのだ。大雀が気に入らないからといって、自分にそれを変える権利は無く、また、変える事も、決してできないのだ。
「だがな……お前の汚れは、ここで、けり、を付けねばならん、いつもいつも、人の服に塗り付けやがって、ちっとは黒雀を見習ったらどうだ」
「ぐわぁー、浄化されるぅー、おい、そこは汚れてねっす、関係無いとこで、わはは、やめ、やめろぉー! 」
全身を揉みほぐしながら、ぐりぐり、と卑しいエルフの顔に手拭いを押し付けていると、横から服の裾を引かれる。何事かと、御用猫が振り向いた先には。
「汚れた、わたしも」
わざとらしく口に油を付けた黒雀が、顎を上げて顔を差し出している、おそらく構って欲しいのだろうが。
「……最近、たまに思うんだがな、お前も結構、いい性格してるよな」
「ん、ありがと」
「褒めてはないんだけどなぁ」
ついにしゃがみ込んで、少女の口元を拭い始めた御用猫に、大雀は、冷ややかな視線を送り続けていたのだった。
「お前ら……気持ちわるい、本気で」