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続・御用猫  作者: 露瀬
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花吹雪 6

 後々夜祭ともなれば、流石の大都市クロスロードにも、疲れが見えてくるようになる。屋台の数は目に見えて少なくなっており、人の動きも落ち着き始めているのだ。


 しかし、花吹団にとっては、明日が本番なのである。前々前夜祭に最後の公演を行い、一年の締めくくりとしていたのだが、明日の後々後夜祭には、早速に今年の初公演が行われるのだ。


 これは、花吹団設立者の一人であり、現団長でもある、木場ファング女史の意見を採用したものであった。


「そうだね、確かに忙しいが、おかげで名も売れたよ、なにしろ、少なくとも、団員の皆を食べさせてあげなければ、ならないのだからね……ふっ、まぁ、これでも色々と、考えてはいるのだよ」


 御用猫の前で、そう言って優雅に紅茶を飲むのは、ファング団長その人である。今年で三十歳という話であったが、普段から鍛えた身体は見事に引き締まり、まだまだ、その若々しさを保っているのだ。


 女性としては短めの茶髪を、突き立つ様に整えており、まさに牙といった印象である。しかし、鋭い碧眼には何ともいえぬ色気もあり、サクラに聞いた話では、男女共に人気が高いらしい。


「流石です! ファング様のそういったお考えは、新聞雑誌で何度も読みました、あぁ、まさか、こうしてお逢いできるなんて……ほわぁ……」


「……フィオーレ、ちょっと押さえといてもらえるか? このままじゃ、お話が出来ないんでね」


 無言で頷く彼女は、何事か喚くサクラを取り押さえ、がっちりと膝の上に拘束するのだ。今日は顔見せと、話の聞き取りだけとあって、信用の担保として、フィオーレだけを同行させるつもりであったのだが、いつも以上に駄々をこねるサクラに手を焼き、仕方なくこの場に連れてきていたのだ。


 フィオーレなどは、最初、随分と機嫌も良く、サクラが、自分と離れたくないのだろうと、そう考えているのだろうと、思っていた様子であったのだが。今はその少々垂れているはずの目尻を吊り上げ、不機嫌さを隠そうともしないのだ。


「いや、しかし……二人とも、なんと可愛らしいのだろうね、以前、うちの者が誘いをかけたとは聞いていたのだが、なるほど、これはもう一度お話してみたい気もするよ、どうだろう? 君達ならば、森組の頂点さえも狙えるだろうと、そう思うのだがね」


 ぱちり、と片目を閉じるファング女史に、口を押さえられたままのサクラが、蕩けたような息を漏らすのだ。花吹団の演劇からは、男性演者を排除してあるという、男役については、ファング女史のような「男振りの良い」女優から選ばれ、世の女性達を虜にしているのだ。


「なるほど、こいつの様子を見れば、花吹団の、人気のほども分かるというものだ……しかし、あんたのような美人に男役をやらせるのは、少々、勿体無い気もするがね」


「おや、口が上手いね、ふふ、ありがとう、最近では、女性からのお誘いの方が多くてね、素直に嬉しいよ」


 こう見えても、女なのだからね、と肩を竦めて笑うファング女史は、確かに魅惑的な女性であった。普段から、男の様な恰好と言動を求められるのだろう、今も白を基調としたジャケットとパンツ姿なのにも拘らず、だ。


「しかし、そうなると嫉妬怨恨、愛情の裏返しから商売敵……こりゃ、動機については、皆目見当もつかないな」


 御用猫は顎をさする。イスミという少女に、去年から付き纏う小さな事故や、不審者の影といった、怪しい出来事を解決して欲しい、という依頼であったのだが、これは確かに厄介そうである。



その時、ぱあん、と勢い良く扉が開けられた。


「お待たせしましたァ! 」


「い、イスミちゃん、危ないよ、誰か居たら……」

 

 姿を見せたのは、長い黒髪を馬尾に纏めた、背の高い少女と、柔らかそうな金髪の少女。


「……えぇー……噂の辛島ジュートが来たって言うから、期待してたのに……なにこれ、冴えない、やだ、幻滅、アタシの王子様を返してよ……」


 がっくり、と膝を付き、黒髪の少女は、椅子の背もたれに縋り付いたのだ。


「い、イスミちゃん、駄目だよ、失礼だよ、確かに冴えないお兄さんだけど、そんなにがっかりしたら、明日の舞台に影響しちゃうよ」


「よし分かった、餓鬼どもめ、折檻がお望みらしいな」


 にっこり、と笑った御用猫に、笑顔を返すと、イスミは椅子を引いて席に着いた。ファング女史に小言を頂くと、ぺろり、と小さく舌を出し、彼に手を合わせてみせる。


「うそうそ、冗談よ、街の噂なんていちいち本気にしてたら、クロスロードは王子様だらけよねー」


「ふん、可愛げの無い奴め、いいだろう、お前には本当の王子様と言うやつを見せてやる、その時になって吠え面かくがいい」


「えー、ほんとにぃー? 信じるよ? ファングさんより男前じゃないと、アタシ許さないからね」


 ぐいっ、とテーブルに身を乗り出し、イスミは挑戦的な笑みを浮かべるのだ。確かに造りは良い、サクラやフィオーレに負けぬ美しさだが、より身長がある分、舞台ではさぞかし映えるのだろう。


「任せとけ、だが、奴には嫁候補が三人、いや四人か? とにかく、たくさん居るのだからな、名乗りを上げるなら、それなりの覚悟しろよ? 」


「何それ、倍率高いの? えへ、そーゆーの、アタシ、燃えるんだよね、じゃあ勝負ね、どっちが惚れるか……言っとくけど、アタシも倍率高いんだからね! 」


「いいだろう、受けて立つぞ……んで、どっちがイスミなの? 」


「えー、そこは分かろうよー、アタシだよー、可愛い可愛いイスミちゃんだよー」


「そこのちっこい失礼なやつは? 」


「そこのちっこい失礼なのはクラリッサ、よろしくね」


 些か失礼な発言と共に差し出されたイスミの手を、御用猫はしっかと握り締めた。なにやら、親近感の湧く少女であるのだ。


 それは彼女も同じだったのだろうか、その青い瞳を、きらきら、と輝かせ、強く握り返してくる。そして、どちらからともなく、がはは、と笑い始めた。


「……わたくし、すこうし、不安になってきましたわ……明日は、必ずリチャードを連れて……うぅん、それも、どうかしら、ねぇ、サクラは……はぁ」


 いつの間にフィオーレの手から逃れたものか、サクラはファング女史の隣に陣取り、眼を輝かせて、あれこれと話しかけているのだ。


 もうひとつだけ、大きく溜め息を溢すと、フィオーレはゆっくり立ち上がり。


 ぱしーん。


 少々はしたなくはあるが、イスミと指相撲を始めた、御用猫の後頭部をはたいたのだった。




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