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続・御用猫  作者: 露瀬
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花吹雪 5

 花吹団には、四つの組が存在する。花吹団結成の地である西町出身者を集めた「花組」、南町出身者で構成される「風組」、東町の「森組」、そして北町の「雪組」である。


 うら若き女性のみで構成される花吹団は、各組が時計回りにクロスロードを巡業し、歌と踊りで人々を魅了するのだ。


 その人気は盛り上がる一方であり、数知れぬ入団希望者は厳選され、成人するまでは下積みとして歌唱力や演技力を磨き、付き人として芸能の世界を学びながら、初舞台を待ちわびる。


 結成されてから、僅か五年程の花吹団ではあるが、その、独自の路線と、少々刺激的な演目は、たちまちにクロスロードの話題を集め、今ではその名を知らぬ者は無く、国外から、わざわざ公演を観覧に来るほどの、熱心な愛好家も生まれているというのだ。


「ふぅん、それで、依頼者というのは、何処のどなたですかね? 」


「おう、西町の、たしか花組とか言ったかな? サルバット ミディア バルタンとかいう娘よ」


 ほう、と顎に手をやり、しばし眼を閉じた御用猫であったのだが、右の膝からゆっこを降ろし、左の膝から黒雀を排除すると、目の前の高価そうな茶器を左右に寄せてから、ばん、とテーブルを叩いた。


「ふざけんな! この熊おやじ! 公爵さまの身内じゃねーか! 何の頼みか知らねーが、野良猫に御守り出来ると思うなよ! 」


「細けえ事はいいんだよ、あそこの家は不祥事続きでな、もう何度もけつを拭いている、向こうも慣れっこなのだ、今回のは十番目の孫娘だし、あまり力も入れてないらしい、そもそも、芸名で身分も隠してるそうだぞ」


 どっか、と腰を降ろし、御用猫はこめかみを揉みほぐす。即座に左右の膝に少女達がよじ登ってきたが、彼には頭を撫でる余裕も無いのだ。


 サルバット公爵は、西町の大貴族であり、齢六十を過ぎてなお、クロスロードの政界に多大なる影響力を持つ、重鎮のひとりである。たとえ数多い孫の、それも女の一人といえど、何か不興を買う事があれば、一介の野良猫騎士ごとき、どの様な目に遭わされるか。


(知れたものではない……)


 のである。


「僕は寡聞にして、その御令孫の事は存じ上げませんが、芸名はなんとおっしゃるのですか? 」


「ん? 確か、イスミだったか」


「ほわぁっ!? 」


 突然に、素っ頓狂な声を上げたのは、やはりサクラであった。それまでは真剣な表情にて、要点を手帳に記録しながら、アドルパスの話を黙って聞いていたものだから、御用猫はすっかり油断してしまっていたのだ。


「くっ、こいつ、急にでかい声を出すんじゃねーよ、何だ、サクラは知っているのか? 」


「なんだ、じゃ、ありません! ゴヨウさんは知らないのですか? イスミと言えば、今、大人気の若手女優さんなのですよ! まだ十五、いえ、もう十六歳ですか、しかし、歌も踊りも一級品で、初舞台から話題沸騰、ロクフェイトの演劇では聖女ルテュエイン役を射止めた程なのです! その美しい黒髪から「夜の本繻子(ほんしゅす)」と呼ばれ、今年中には光組に選抜されるのは間違いないと言われてもごぐ」


 ついに色々と耐えかねたのか、フィオーレがサクラを拘束した。御用猫は親指を立てて感謝を表すと、両脇の二人の尻を、揉みほぐしながら考える。


 どうやら、依頼主は有名人のようだ、御用猫やアドルパスは知らなかったのだが、他の者の反応を見るに、皆、名前くらいは聞いた事があるらしい。しかし、それほどの人気者であるならば、困り事の解決も容易かろうと思うのだが、祖父も大貴族である事だし、そういった表沙汰に出来ぬ仕事を請け負う者に、間違いなく伝手もあるはずなのだ。


「……ううん、アドルパスさま、まさかとは思いますが、闇討ちの類いでは、無いでしょうね? 」


「あぁ? 」


 じろり、と睨まれ、御用猫は首を竦める。確かに、この恐るべき野獣に、その様な話を持ち込めば、闇討ちする前に依頼者が捻られてしまうだろう。


「馬鹿を言え……しかし、荒事には、なるかも知れんな、まぁ、まずはそこから調べてこい、お前の愛人どもを使えば簡単に……」


「……アドルパス様? 」


 きゅっ、と喉から悲鳴を零した大英雄は、再び小さくなるのだが、御用猫には、もう、助けるつもりは毛頭ないのだ。


(わはは、ざまぁみろ……しかし、まぁ、確かに簡単な仕事かも知れぬ、賞金首が関わらぬならば、みつばち達に任せてしまうのも良いだろうか、こんな仕事で、儲けるつもりも、無いのだしな)


 ちゃりん。


 再び響く乾いた音に、御用猫は身体を震わせる。


「……ねえ、ジュート? 」


 ちら、と視線を送れば、地獄の蓋の隙間から、色の無い瞳が、御用猫を、じっ、と見詰めていた。一瞬、怠け心を見透かされたのかと思ったが、しかし、きちんと仕事は引き受けるつもりなのだ、お偉方の意に染まない事は、無いはずなのだが。


「な、何でしょう? 私は、粉骨砕身……」


「そろそろ、手を、離しなさい」


 御用猫は、両手を上げて服従の意思を表現する。


 半ば無意識の事とはいえ、この癖は、何とか直さなければならないだろうか。


 気付けば、この場にいる全ての女性の視線が、彼を刺すようであったのだから。



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