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続・御用猫  作者: 露瀬
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花吹雪 4

「おう辛島よ、お前、近衛に入れ」


「アドルパス様」


 ごくごく稀に訪れる、客をもてなす為であろうか、それなりに広い応接室に一同は集まり、まだ年若そうな給仕二人の淹れた、紅茶を飲んでいる。


「え、いやどす」


「さっきの手合いは、悪く無かったぞ……辛島よ、最近になって俺は思うのだ、老いには勝てん、とな、もう五年もすればアルタソに後を任せて、ゆっこに婿を取り、ひ孫の顔でも眺めながら、のんびりと過ごそうか、ともな」


「アドルパス様」


 突然の言葉に、皆は顔を見合わせるのだ、確かに、いかな英雄といえど、寄る年波には勝てぬであろう、先ほど、余りに面倒だと感じた御用猫は、久しぶりに、実に久しぶりにではあるが、真っ向から、相手に打ち向かったのだ。結果は惨敗であったが、彼には何か思うところもあったのだろう、おかげで、新年早々に殺される事は無かったようだ。


 しかし、引退したいという気持ちは、よく分かる、なにせ、このアドルパスという男は、元々宮仕えになど、全くに、向いているとは思えぬのだから。嫌味たらしい貴族や政治家達を、日々相手取る事による鬱積は、御用猫など、一日で根を上げるか、もしくは爆発する程のものだろう。


「まぁ、アドルパスさまが、隠居するのには賛成ですがね、でも、いやどす」


「リチャードよ、此奴のうごき、見たであろう、お前ももっと鍛えろ、成人したのだろう? ゆっことの婚約はいつにする、ああ、辛島もそうだぞ、いつまでも、ふらふら、ふらふら、しやがって、ん、近衛に入れたらリリィアドーネと浮気するか? いかんな、別の部署に、いや、シファリエル殿下に付けるか」


「おい、聞けよおっさん」


 いつもの様に、空気を読まずに暴走するアドルパスなのである。しかし、普段ならば楽しそうに乗ってくるアルタソマイダスが、今日はどうした事か、細くすぼめた目蓋の隙間から、色の無い瞳を覗かせ始めるのだ。


「……アドルパス、様」


 すとん、と、黒檀の頑丈そうなテーブルに、フォークが突き刺さった。持ち手の真ん中まで埋まったそれに、アルタソマイダスは、更にフォークを重ねると、再び押し込む。


「……お戯れは、別の機会に」


 ちゃりん、と床を鳴らし、一本目のフォークが、テーブルを貫通する。端からみれば、まるで手品のようである。


 ぱちぱち、と手を叩くゆっこと黒雀、他の者も、彼女の絶技に肝を冷やした事だろう、しかし、御用猫だけは、別の事に気付いたのだ。


(あの二人……参ったな、呪いじゃなく、化粧で誤魔化してるから見落としてた……そうか、それで、アルタソが本気なのか)


 御用猫は、全てを忘れる事にした。クロスロードの最重要人物といえど、確かに心休まる休養と、たまのお遊びくらいは、必要なのだろうから。


「ところで、アドルパスさま、ちょいとお願いがあるのですが、花吹団の公演切符が欲しいのですよ、何とかなりませんかね? 」


 とりあえずは、窮地の大英雄を救い出してやろうと、御用猫は話題を変える。特注品の大型椅子に、めり込みそうな程に縮こまってしまった、この大男が、何とも哀れに思えたのだ。


「ん、お、おう、何だ? 珍しいな、花吹団か……いや、そうだな、丁度良いか? 」


 アドルパスは、そのライオンの様な顎髭を、熊のような指でさすりながら、なにやら考え始めるのだ。時折、ちらちら、と御用猫に視線を送りながら、である。


「花吹団絡みでな、ひとつ、頼まれごとがあったのだ、しかしな、どうにもこれが、面倒な仕事でなぁ、リリィアドーネに頼もうかと思っていたのだが、丁度良い、お前の方が向いているだろう……あまり男は入れぬ場所だが、向こうからの依頼なのだ、問題無い……いや、これは丁度良いな」


「え、いやどす、面倒くさい」


 がはは、と豪快に笑う大英雄は、しかし、再び聞く耳を無くしたようなのだ。これは、なんたる裏切りか、救いの手を伸ばした御用猫の腕を掴み、海中に引きずり込んで、自らは船に登ろうというのだ。


「……何だか……何だか面白そうですね! やりましょうゴヨウさん! 私も手伝いますから、大丈夫です、心配はいりません、たまにカンナとも繋ぎはとっていますし、東町にはアカネさんも居ますしね」


「おい、余計な事を言うな、新年はだらけるのが、マルティエ家の家訓だ、というか、お前なんでカンナ達と連絡とってんの? 」


 一応、抵抗はするつもりであったが、こうなったサクラを押し留めるのは、どうにも難しいだろうか。一転窮地に立たされた御用猫は、助けを求めるべく、リチャード少年の方に視線を送るのだが。


「若先生、ここは潔く引き受けて、手早く片付けるのが吉かと……及ばずながら、僕も手伝いますので、頑張りましょう」


「ぐぅ、なら、もうお前らだけでやれよ、俺は静かに暮らしたいのだ、いのやの繋ぎだけは、やってやるからさ」


 そうだ、この少年は、頼りにしてくれと言ったでは無いか、こういった仕事から任せてみれば、彼の成長の助けにもなろう。


(なるほど、我ながら良い考えだ、誰も損をしない、むしろ得ばかりではなかろうか、うん、後は、うまくこの場を乗り切れば、どうにでも)


 ちゃりん。


 逃げる算段のまとまりかけた御用猫の耳に、金属音が鳴り響く。しかし、彼は、そちらに目を向ける事さえ出来ぬのだ。


「……ジュート、ねぇ、分かっているの? 分かっているのでしょう? ここは、素直に引き受けなさいな……でなければ、もっと、面倒な仕事を、抱え込む事になるのよ? 貴方は、分かっているのでしょう? 」


「はは、もちろん、冗談ですよ、粉骨砕身、クロスロードの為、なにより王女殿下の為に、働いて見せましょうとも、お任せ下さい」


 どうやら、逃げ場は無さそうである。


 これはよもや、最初から仕組まれていたのではなかろうか、と、御用猫は眼を閉じる。


(……今年は、のんびりとした、良い年でありますように)


 そういえば、まだ祈っていなかったな、と、御用猫は、今更ながらに、胸中にて手を合わせるのだが。


 野良猫に、神は居ないのだ。




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