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続・御用猫  作者: 露瀬
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花吹雪 3

 眼を閉じたまま、絵は描けぬ。


 世界を観て、心に刻み、筆を通して、かたち、に、するのだ。


 それは違うと、主張する者もいるだろう、しかし、たとえ、心象風景を絵にしたのだとしても、それは己の経験と、心に刻んだ世界があっての、景色であろう。


 生まれつき盲目だとしたならば、決して、絵は描けぬ。書かせる事は出来るとも、描く事は、決してできぬのだ。


「……あんたの偏った持論は分かったが、だからって、俺が描く必要があんのかよ? 」


「あるさ、お前は、こういった経験、無いだろう? 」


 にこり、と笑う男は、少年に向けていた視線を、目の前の風景に戻し、筆を走らせる。中々の腕前だろうか、秋色に染まる湖と、遠く山々が、大胆な色彩にて、画布の上に落とされていたのだ。


 しかし、黒髪の少年の方はといえば、慣れぬ油絵に手惑い、青一色にて、どうにか丸と三角に、のたうつ線を重ね、目前の景色を表現する他はない。十ほどに歳が離れているといえど、少年が、十年後にこの絵が描けるかといえば、どだい、無理な話であろう。


 これでは、ただ、野良猫の見すぼらしさを、自らの手で、見せつけられたようではないか、と、完全に少年の筆遣いが止まる。


「……へえ、上手いじゃないか、野良猫の割には、絵心があるね」


「嫌味か」


「いいや、まさか、褒めているんだよ、心から、ね」


 そうは言われても、男の口元は緩んでいるのだ、それを見逃す程に子供では無い。少年は画材を放り投げ、ごろり、と寝転がる。


 不意に、真っ青な高い空が、目に飛び込んできた。なんと、呆れるほどに抜けた天井であろうか、と、彼は溜め息を溢すのだ。


(青は、空の方が良かったな)


 頭の下に手を入れ、それを枕がわりに、ひと眠りしようかと、眼を閉じる。


「……剣術も同じさ、お前はまだまだ、子供だが、その技はもう、ほとんどに、完成されている、これは、親父どのに感謝だな……だけど、お前はまだ、世界を知らない、眼を開いていない、それでは、心に刻めない、剣に伝わらない……」


 俺を、殺せない。



 最後の言葉を聞く頃には、御用猫は既に微睡みの縁におり、その言葉が夢であったか、現であったか、未だに、判断もつかぬのだ。


「……さん、ゴヨウさん! 」


 ゆさゆさ、と身体を揺すられ、御用猫は眼を開く。何やら思考に靄がかかったような、ぼんやり、とした気分であったが、ほっ、と安堵したようなサクラの顔を見て、一気に記憶が繋がってゆくのだ。


「あたた、まともに貰ったのか……おじいさまは、ちょいと、手加減を覚えた方が良いと思いますよ、いや、本当に、まじで、勘弁してください、お願いします」


 頭をさすりながら、ゆるゆる、と身体を起こし、御用猫は周囲を確認する。高い天井の屋内稽古場は、アドルパス個人の持ち物だった。


 アルタソマイダスと同じく、爵位を持たぬアドルパスであったが、当代限りの準男爵であった彼の父から、屋敷だけは譲り受け、クロスロード救国の大英雄とは、とても思えぬ程に、質素な生活を送っているのだ。


 あれから、フィオーレ推薦の衣料店で、二匹のエルフに着物を合わせ、それぞれに、白と薄緑の振袖を着せると、自身も、辛島ジュートへと変貌し、挨拶という名目で、新年用の酒を拝借する為、御用猫達はアドルパスの屋敷に足を運んだのだが。


「アドルパスさま、本年もよろしくお願い致します……何で、いるんですかね? 」


「挨拶に来ると、言っていただろう? 」


 御用猫は、確かに言った、ゆっこに言伝させたのだが、しかし、かのテンプル騎士団の団長様が、この忙しい時期に、自宅で寛いでいようなどと、いったい誰が予想できるだろうか。


「ふふ、おさけ泥棒のおとさんは、あて、が外れたみたいね、ねー、ゆっこ」


「大丈夫です、おとさん、おじいさまはマルティエさんのお店に、さっき、たくさんお酒を届けてますから」


 可愛らしい新年用のドレスを、ひらひら、とさせながら、ゆっこは走り寄ってくると、御用猫に飛び付いた。


「いや、だから何でお前が居るんだよ、おかしいだろ、リリィも休みなんだぞ? 警備どうなってんだよ」


「大丈夫よ、今日は殿下もお休みだから」


「あぁ、なるほ……いや、大丈夫じゃ無いよね? それ、王女さま方は城に……」


 居るはずだと、もう少し突っ込んだ質問をしようとして、しかし御用猫は踏みとどまる。何か、背筋に冷たいものが走るのだが、この冷たさは、決して、背後から嫉妬光線を放ち続ける、リリィアドーネに由来するものでは無いのだ。


 警備上の機密もあろうし、これ以上は、一介の野良猫ごときが、聞くべき事では無いだろう。そして、聞いた瞬間、面倒ごとに巻き込まれるに、違い無いだろう。


 しかし、細剣が得物の串刺し王女とはいえ、なんと細かい事だろうか、確か、彼女は自身の口で、自分は寛容な女だと、昨日、そう言っていた筈なのだが。


「……これは、別腹だ」


「だから、お前らは、心を読むんじゃねーよ、怖いから」


 お前だけが、癒しだよ、と、ゆっこを抱きかかえると、御用猫の腿の辺りを、ぺちぺち、と黒雀が叩く、これは、縄張りを主張でもしているのだろう。


「はぁ、でもまぁ、挨拶したかったのも、本当なので……ゆっこの事は、何度感謝しても足りぬと思っております、重ねて、御礼申し上げます」


 彼女を抱えたまま、アドルパスに向かって深々と、御用猫は頭を下げる。隣ではリチャードも、それに倣っていた。


「……じゃ、僕らは、これで失礼しますので」


 ゆっこを降ろし、くるり、と振り向いた御用猫の肩を、熊のように太い指が、がっし、と掴む。


「おい待て、一本、振っていけ」


「リチャード、おじいさまの相手をしてさしあげなさい、お前にとっては、毎年の恒例行事に、なるかもしれないんだからな」


 即座に、サクラとフィオーレに尻を叩かれ、押し出されるように、稽古場へと連行された御用猫であったが。


 木剣ならば、死んでいた。



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