花吹雪 2
「全く、信じられません! 今回ばかりは、流石の私も言葉がありません! 」
(あるじゃねーか)
歩きながらも、がみがみ、と、既に二十分以上は説教を続けてからの、この一言である。御用猫が、脳内で反論を試みた事も当然と言えばそうであろうか。
「天下の往来ですよ! 公衆の面前ですよ! お祭りの熱に浮かされた、とか、言い訳のきく行為ではありません! はしたない、ああ、はしたない! 」
(また、最初の文言に戻ってきたな、これで三回目か)
ぺこぺこ、と頭を下げながらも、御用猫はしかし、未だに余裕を持っていたのだ。最も警戒すべきリリィアドーネは、チャムパグンと黒雀が相手とあって、怒りよりも呆れの方が強かったらしく、小言のような、文句のような言葉を、二、三言ぶつけた後は、彼の代わりに子エルフ供の相手をしていたし、リチャードはむしろ、他の三人が暴走しないかと、追いかけて来ただけのようである。
フィオーレに至っては、御用猫の行為に、サクラが腹を立てた事に対して怒っているだけであり、決して、彼自身に、何か思うところがあるわけでは無いのだ。
「悪かったよ、もう充分に理解した、俺だってかわ……」
「……何ですか? 何か弁明があるなら、はっきり言って下さい」
可愛いサクラに、と言いかけて、御用猫は自らの口を押さえる。これは、なんと見事なわざ、であろうかと、自分で自分を褒めるのだ。
御用猫とて、日々進化している、ここで何時ものように、サクラを褒めそやして誤魔化そうなどとしたならば、彼女の繰り言は止まるだろうが、その代償として、たちまちに背後の爆弾が、三つ同時に起爆するところであったのだ。なので、御用猫は少女に少しばかり顔を寄せ、声を落として、神妙な表情をしてみせる。
「可哀想だと、思っているのだよ……サクラよ、黒雀は知っての通り忍びの者だ、この歳になるまで、こういった祭りも知らぬ、遊びも知らぬ、友人も、親の愛すら、知らぬのだよ……」
「……あっ」
御用猫は、続けざまに畳み掛ける事にする。サクラは何か察したようだが、この啄木鳥を黙らせるには、もう少々、言葉を重ねておくべきだと。
「甘え方を、知らぬのだよ、おそらく、本人も、手探りなのだろう、分かるか、サクラよ、お前ならば、多少は共感も出来よう……チャムとて同じだ、橋の下に打ち捨てられ、泥を啜って生きて来たのだ、やさぐれて、世間を呪って、人並みの幸せなど、知らずに卑しく生きて来たのだ……俺は、二人を、真人間に戻してやりたい……少しづつで、構わないのだ」
だから、協力してはくれないか、と、締め括ると、この真面目で簡単な少女は、一度、深く俯くと、息を吸って顔を起こし、目を輝かせ、ぐい、と胸を張るのだ。
「分かりました! 申し訳ありません、私も、少し、勘違いしていたのかも知れません、ですが、ゴヨウさんも、悪い事に違いは無いのですからね! 全く、甘やかすばかりが教育では無いでしょう、こういった常識や礼節は、きちんと、教えてあげなければ駄目ですからね、もう、ゴヨウさんは、もう、仕方ないですね! 私が居ないと何も出来ないのですから、ですから! 」
ふんこふんこ、と鼻を鳴らし、何やらやる気充分のサクラは、後ろを歩くリリィアドーネと合流すると、黒雀の方を受け取った。手を繋いで振りながら、何事か話しかけている。
「……おし、少し急ぐか、後で、おじいさまの屋敷にも、行かないとだからな」
「若先生……少しばかり、思うところはあるのですが……正直、ためになります、以前は、それで失敗してしまいましたので」
リチャード少年が、サクラの替わりに上がってきた。何の事を言っているのかは、分からないのだが、おそらく、あの、啄木鳥少女の取り扱いに、苦慮した事があるのだろう。
「はぁ……わたくしも、あまり、感心はしませんけれどね……ふふ、でも、確かに、ためには、なるかも知れませんね」
こういった舌先三寸は、と、リチャードの隣を歩くフィオーレも、悪戯っぽい笑顔を見せる。こちらも、政治家志望とあって、他人を上手く黙らせる技術には、興味があるのかも知れぬ。
(……ふぅん、なんだ、本当に、仲良くなってるのな)
こうして並べてみれば、確かに似合いの二人であろうか。フィオーレは、今をときめく、内務大臣のひとり娘であるし、身分違いと言えば、そうなのであろうが。
「そういや、フィオーレの親父さんも、平民上がりだったな……案外、簡単にお許しが出るんじゃないのか? 」
「はい? なんの事ですの? 」
「若先生、サクラでは無いのですからね、そういった冗談は、フィオーレに失礼ですよ」
御用猫の脳内から転がり落ちた、あまりに突飛な独り言にさえ、的確に返事をするのが、この少年の恐ろしいところであろうか。
「こら、お前はサクラに失礼……まぁ良いか、サクラだし」
「もう、若先生は」
くつくつ、と笑い合う師弟を眺め、しばし、眉を寄せていたフィオーレであったのだが。
それから目的地に到着するまで、じっと、おし黙り、しかし、仄かに頬を染めていたのだ。