花吹雪 1
御用猫は、後夜祭を迎え、未だ熱気の冷めやらぬクロスロードの街路を、二匹のエルフを連れて緩歩していた。
右手には黒エルフ。白いボワコートに、すっぽり被った白い毛糸のキャスケット帽、これは、御用猫が苦心の末に、なんとか彼女に納得させた冬服である。
この黒い死神は、名前から何から、全て黒尽くめであるにも拘らず、服装だけは、白に強い執着をみせるのだ。今となっては彼女の忍装束姿を、御用猫は思い出せずにいる。
当然、コートの下には、白いワンピースを着込んでいるのだ。彼女の奇妙なこだわりに、御用猫も最初は呆れたものであったのだが、しかし、いざ着せてみれば、やはり外見だけは非常に可愛らしいのである。
今も、ぶんぶん、と、御用猫と繋いだ手を振る黒雀の姿は、とても、非情なる異常な暗殺者とは思えぬであろうか。
そして左手には森エルフ。黒雀とお揃いの格好ではあるのだが、こちらは草色で統一してある。
見かけだけなら、黒雀に負けず劣らずのお人形っぷりであるのだが、先ほどから、屋台を見かけるたびに、彼方へ此方へ、ふらふら、としては、ぐぇーぐぇー、と家鴨のような鳴き声にて、やれ腹が減った、やれ飯はまだかと、卑しく文句を垂れ流すのだ。
いつもの事ながら、自由奔放なものではある、御用猫は若干の面倒臭さを覚えるのだが。
(まぁ、甘やかすと約束はしたのだし、此奴らには借りもあるし)
しかしなにより、もしも、この二匹のエルフを冷遇でもしようものならば。
(一体、どのような厄災を引き起こすものか)
知れたものでは無いのだ。
「チャム、お前はすぐ汚れるから、着物を合わせるまで我慢しろ、というか、朝飯食ってから、まだ二時間も経って無いだろ、そしてその内の一時間は、お前の睡眠……黒雀! お前何持ってる!?金はどうした! 」
「くれた」
一体、いつの間に手にしていたものか、彼女の右手には、こんがりと砂糖醤油で焼かれた、イカの串が握られていたのだ。貰い物だとは言っているが、志能便の早業を知る御用猫は、何か不安を覚えるのだ、覚えるのだが、しかし、これはもう彼女の良心に期待する他には、無いだろう。
「むぅ、本当だろうな……一応、今まで教育してきたお前を、信じるつもりだが、嘘ついたら、お父さん許しま……チャム、その手にあるのは何だ? 」
「くれた」
「嘘つけ」
両側の子エルフどもを振り回しながら、御用猫は、くるり、と振り向いた。たった今通り過ぎた串肉の屋台に、頭を下げる為に。
「先生ー、御用猫の先生ぇー、何だか最近、あっしに対する扱いが、雑になってきちゃ、いませんかねぇー、おぉ? いいんですかぁ? やっちゃいますよ? 」
「ほぅ、良い度胸だ、貴様には一度、因果応報って言葉の意味を、その身体で、理解させてやりたいと、そう思ってたところでな……ところで、なんか俺も小腹がすいてきた、ひとくちくれよ」
「もう、甘えん坊さんね、仕方のない人……ふぁい、どうぞ」
チャムパグンの口の先に咥えられた肉のかけらを、御用猫は身を屈めて咥え取る。味噌焼きだろうか、唐辛子と大蒜の効いた、彼好みの味付けである。
「ん、美味いな、流石、おチャムさんだ、卑しい嗅覚をしてやがる、褒めてつかわそう」
「ぐへへ、四軒先に、当たりの焼餅がありやすぜ、海苔の匂いがしやす、こいつぁ、上物に違いねぇですぜ」
げすげすげす、と卑しい笑いを上げるチャムパグンを、幅寄せして突き飛ばすと、反対側の手を、くいくい、と引かれた。
「お? 何だ、お前もくれるのか」
黒雀の口から生えるイカに、御用猫が食いつくと、彼女は、ひょこん、と背伸びして、彼の口に吸い付いてくるのだ。
「おいしい? 」
「うん、美味しいけど、お外ではやめておこうね? 勘違いされたら困るからね」
分かっているのかいないのか、にっこり、と笑う黒雀に微笑み返すと、御用猫は再び歩き始める。
「先生、あのね」
「何だ? 餅ならお前にも買ってやるぞ? 」
歩きながら、ことん、と首を傾げる黒雀の口から出た言葉は、しかし、やはり、死神のものであったのだ。
「お餅なら、あすこに、ある」
「ん? 」
黒雀の指差す方に、数人の男女が歩いていた。
いや、歩いているとは、言えないだろうか、皆が皆、全力で向かってくるのだから。
「焼いた、餅」
「うわぁ、上手いこと言えるようになったなぁ、お父さん、うれしいよ」
待ち合わせの場所は、まだまだ先であった筈なのだが、これは、おそらく、チャムパグンの長い食休みが原因だった。
少々遅刻した御用猫達を、気を利かせて迎えに来たのだろう。昨日の朝は彼を庇って、悪鬼どもを説得してくれた、頼れる味方であった筈なのだが。
「……リチャードか……奴は、まこと、気の利く奴だなぁ」
ひっきひっき、と笑う黒雀に、御用猫は、今更になって、嵌められたと気付いたのだが、これは、もう、覚悟を決める他は無いだろう。
両手は、がっちり、と握られ、逃げ場もないのだから。
天候にも恵まれ、例年を凌ぐ賑わいをみせる、クロスロードの越年祭であるが。
にわかに、血の雨が降りそうな雲行きであったのだ。