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続・御用猫  作者: 露瀬
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老剣 木枯らし 16

 御用猫は、半歩下がった。


「うふふ、逃げられぬよ……避けられぬし、受けられぬ、この秘剣「木枯らし」は、お主如きに、破れるものでは、ないのじゃからのぅ」


 御用猫は、未だ動かない。しかし甚助老は、ぴたり、と構えを崩さず、一切の隙も無いのだ。


(これは、大した妖怪だ……間合いに入ってしまえば、何も出来ぬ)


 御用猫のこめかみ辺りから、汗が一雫、つつ、と頬をつたい降りる。


 しかし、動かない。


 どれ程の時間が流れたものか、甚助老は、その皺に埋もれた目を、更に細めると、何か口を開こうとしたのだが。


 きぃん、と、高い音。


 御用猫の投擲した脇差である。


 しかし、暗がりの中、一挙動にて放ったそれは、なんたる事か、長巻の柄で弾かれたのだ。甚助老は、ほとんど構えを崩す事も無い、もしも今、打ち掛かっていたならば、簡単に返討ちにあっていただろう。


「うふふ、焦れたところを狙ったのかや? あて、が外れたのう……こちとらは、年季が違うのよ」


 言いながらも、また少し間合いを詰める甚助老に対し、御用猫は、今度は一歩、後退するのだ。


「さぁ、ひとつずつ、剥がしてゆこうかの……次はなんじゃ? 良いぞ、ぜぇんぶ、見せてみよ、後ろの壁に当たるまでは、付きおうてやろうぞ」


 崩れかけた外構に目をやると、じわり、じわりと笑いのような表情を見せ、老鬼は歩を詰める。


 御用猫は、ついに井上真改二を引き抜くのだが、しかし、それを、ぽん、と肩に乗せた。


「む? 」


 流石に不審に思ったのか、甚助老の足が止まる。そして、沈黙のままに、時が流れる。


 かさかさ、と風に揺れる冬枯れの枝が、残り僅かな葉を散らし、二人の間には、奇妙な緊張感だけが残った。


「……なんの、つもり、かの」


「さてね、老いぼれには、分からないかもな……知恵比べしたかったそうだが、これは、少し難しいかな? 」


 決して、御用猫に余裕は無い、それは甚助老にも見て取れるのだが、この男は、随分と身体の力を抜いており、まるで自分の勝利を疑っておらぬようではないか。


「おぬし、やる気が無いのか? それとも、時間を稼いで、何か得でも……」


 そこまで口にして、甚助老は、はた、と気付いたのだ。


「ぬし、ぬしゃあ……まさか、待っておるのか……儂が、疲れるのを? この、わしが、構えを崩すのを? 」


「おう、やったな、当たりだよ……その長物だ、ずっと構えて、重いだろう? 年寄りなんだから無理すんなよ」


 にやり、と嫌らしく笑った御用猫を見て、老人は堪えきれなかった。


 たったひとつに生きてきた、彼の矜持が、誇りが、その、たったひとつ、縋れるものが、否定された様な気がしたのだ。


「舐めるんじゃねぇぞ! 糞餓鬼が! 潜った修羅場が、違うんだよ! 」


 秘剣、木枯らしは、決して待ちの剣では無いのだ、こちらから打ち込もうとも、結果は同じ、梃子の原理で加速した刀身には、遠心力と、斬鉄。


 この剣は、ただの二十年も鍛えておらぬ若造に、防げるものでは無いのだ。


(野郎が、ぶった斬る! )


 炎と化した老鬼は、脇構えのままに突っ込んだのだが。


 なんたる事か、御用猫は、甚助老に、くるり、と背を向け、一目散に逃げ出したのだ。


「お、お、おがあぁぁっ! 」


 老人は吼えた。吼えて走った、許せるはずも無いのだ、七十年、七十年だ、脇目も振らずに鍛えて鍛えて、殺して殺して、それを否定するのか、間違っていたと、突き付けるのか。


 気付けば、涙を流していた。


 息が上がり、構えも崩れた、必死に駆けたのだが、それなのに、前を行く憎き野良猫との距離は、段々と離されてゆくのだから。


 ついに両脚が悲鳴を上げ、限界が訪れた、あれ程大事にしていた自慢の長巻も、地面を引き摺る有様なのだ。


 なので、突然に振り返った御用猫が、上段の構えを、初めてみせたにも関わらず、腕が上がるのが、構えを取るのが遅れてしまったのだ。


「倒ッ!!」


「があっ!」


 がっき、と再び金属音。


 しかし、流石は鬼と化した甚助老である、もしも御用猫が、彼の身体を狙っていたのならば、相討ちもあり得ただろう。


 しかし、御用猫は最初から、この老人の長巻だけを狙い、僅か遠間から打ち込んだのだ。


 走り回った疲労のため、酸素が不足していたものか、甚助老は、それに気付けなかった。


 叩き落とした長巻を踏み付け、御用猫は振りかぶる。


「ま、まっ、て……」


 それを聞かずに、首を刎ねた。


 七十年経っても、首の重さに、変わりは無いようだった。


 ごろり、と転がるそれを確認してから、御用猫は、頬を膨らませ、ぷうっ、と息を吐き出し、空を見上げる。


 同情はしないと、決めていたが、老人の、その最期の表情は、何か、哀れみを誘うものであったのだ。




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