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続・御用猫  作者: 露瀬
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老剣 木枯らし 15

 クロスロードの越年祭は、本番を迎えていたのだが、むしろ、今宵は皆が大人しいであろう。


 家族親族で集まり、たわいも無い話でもしながら、一年の終わりを迎えるのだ。そして新年の太陽が登れば、近場の六柱神殿に足を運び、一年の無事を神に願い、再び祭が行われる。


 なので、今年最後の太陽も随分前に沈み、真っ暗な空を見上げ、御用猫は溜め息を吐いた。


「昼間で良かったんじゃないのか? 」


 篝火は二つ用意されていたが、とても充分な照度とは言えまい。夜中の戦いに慣れた御用猫とはいえ、好きこのんで暗闇に紛れたいとも思わぬのだ。


「この方が、趣があるじゃろう? ふふ、どうかの、年を越せるのは、ひとりだけよ」


 御用猫は呆れるばかりであった。この老人は、まるで子供のように目を輝かせ、年またぎに殺し合いをしようと提案しているのだ。


「ほら、ほらよ、これよ、見てみぃ、凄かろう? 」


 老人は、肌身離さず持ち歩いていた長い棒を包みから取り出してみせる。それは、鍔の無い長巻であった。


百二十センチ程の刀身に、九十センチの長い柄、東方の戦で使用されていたものだが、御用猫も実物を見るのは初めてだった。


「こいつはの、儂が若い頃から、一緒に戦さ場を走り回った相棒よ、たくさん、たくさん殺したのじゃ」


 甚助老は、なにか愛しむような手つきで、鞘を外すと、中庭の祭壇に立て掛ける。


「この神殿、昔は、勝利の女神様を祀っとったそうな、どうじゃ? 拝んでおいては」


「いつも拝んでるよ、心の中でな」


 御用猫の返事には、そうかと返すのみであった、おそらく、特に興味も無いのだろう。


 この、老人の、興味を引くものは。


「……儂がな、前に言うた事、覚えておるか? 遣り合いたい相手に、は条件があると」


 じわり、と、甚助老の纏う空気が変質してゆく。


「先ずはの、若い事、未来がある若者よ……これは良い、殺せば、いい気味じゃ」


 広げた掌の指を一本、ぽきり、と折り曲げる。


「次は、恋人が居るものよ、良いの、お前さんは、よくもてるのぅ、羨ましいぞ……ふふ、そのあとの、泣き顔やらが、楽しみじゃ」


 ぽきり、と二本め。


「次は、強い事……粋がった小僧の鼻を明かすのは、まこと、爽快よの」


 ぽきり。


「そして、甘ちゃんな事、少し脅せば、こうして、のこのこ死にに来るような、な」


 ぽきり。


「最後は……分かるか? 」


「……さぁね、男前かな? 」


 うはは、と甚助老は笑い、足を振って草鞋を脱ぎ捨てた。


「儂より弱い事……絶対に、勝てる相手よ」


 少し腰を落とし、右の脇構え。前回の手合わせでも見た構えだが、この長巻が、甚助老の本来の得物、という事なのだろう。


 ぱちぱち、と二つの篝火と、後は、沈み始めた月明りだけの戦さ場である。


 元は「エ スス」の神殿であったそうであるが、資料も無く教典もないこの謎の神は、人気も低く、半ば忘れられた存在であるのだ。


(たまに、餌をくれるのも、他に祈る者が、居ないからだろうな)


 こきこき、と首を鳴らし、御用猫は、井上真改二の鯉口をきる。しかし構えは見せずに、半歩だけ、後ろに下がった。


「お? 下がるのか? 間合いはまだじゃぞ? 更に下がるのか、恐れか、それは……うふふ、逃げても良いのじゃぞ? そうしたら、ほれ、サクラとか言うたかの、あの可愛い娘っ子、あれに代わって貰おうか、剥いて吊るして、またぐらに木の棒でも刺してやろ」


 うふふ、うふふ、と笑う老人の目には、憎しみと狂気の色が見え始めていた。


 ずっと、御用猫が覚えていた違和感。この老人は、妬んでいたのだ、己が人生を悔い、運命を呪い、自らに出来る方法で、仇を取ろうとしていたのだ。


「なんと、傍迷惑な爺さんだなぁ」


「うふ……七十年、ひとつ事しかしてこなかったのじゃ、こうもなろ」


 一瞬だけ、目を伏せた老人が顔を上げると、そこにはもはや、人は居ない。


 御用猫は、目の前の老鬼に、哀れみは見せなかった。それは、未来の自分の姿やも知れぬのだから。


「爺さんが、今まで誰を、何人殺したかは知らないし、興味もない……だがな、俺の知り合いに手を出す、と言うなら、話は別だ……悪いが、あんたには、最後の機会も与えてやれない」


「うふ、舐めおって、若造が、腹立つのぅ」


 甚助老は、ぺろり、と口の端を舐めると、足の指だけで、僅かづつ間合いを詰める。


 しかし、御用猫は、それを棒立ちのままに眺めていた。


 クロスロードの夜は、静かに明けてゆく。



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