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続・御用猫  作者: 露瀬
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老剣 木枯らし 14

「ゴヨウさん! 見てください、型抜き屋ですよ、やりましょう、行きましょう! 」


 からころ、と下駄を鳴らしながら、サクラは御用猫の手を引き走り出す。反対側の手には、先程から齧りかけのりんご飴を握りしめていたが、すでにその存在理由は「雰囲気を醸し出す為の小道具」といった程度に成り下がっていたのだ。


「ああ、もう、サクラったら、はしたないですわ、今日は振袖だからお淑やかにするのだと、あんなに言っていたのに」


 もう、と、頬に手を添え、ため息をつくフィオーレは、しかし、だらしなく顔の筋を緩めていた。


「ふふ、フィオーレは、本当にサクラの事が好きなんだね」


「は、はい? あ、もう、リチャードったら、わたくしを、からかいましたのね、もうっ」


 寸刻慌てた彼女であったが、すぐに理解したのか、リチャード少年の肩を、ぱしん、と叩く。


 しかし、なんと美男美女の揃いであろうか、まだ年若いとはいえ、リチャードとフィオーレの二人は、すれ違う者ほぼ全てが振り向くほどに、ぴったり、と嵌まり込んでいる組み合わせなのだ。


「いいえ、本当に……正直、羨ましくもあるのです、僕には、同年代の友人、というものが居ませんから」


 ふわり、と笑う少年からは、陰のようなものは感じ取れぬのだが、それは紛れもなく彼の本心であろうか。少々荒んだ家庭で育った為に、友人を作る事はなかったリチャードである、彼はあまりに、気が利きすぎたのだ、友人を作るような状況ではないと、幼くも理解していたし、かといって、家の外に逃げ場を求めるような無責任さも、持ち合わせていなかった。


 彼は彼なりに家族と真摯に向き合い、そして裏切られる事になる。


 しかし。


「……ねえ、リチャード、わたくしは、貴方のことも、友達だと思っていましたわ……もしかして、これは、わたくしの勘違いだったのかしら」


 だとしたら、なんて恥ずかしいのでしょうね、と、笑うフィオーレは、この寒空の下に咲く花のような可憐さで、思わず振り返ってそれを見たリチャードの尻は、まことに良い音を立てるのだ。


「ちょっと! 二人とも、なぜ来ないのですか! というか、なんですか、内緒話ですか、それとも良い雰囲気ですか、分かりました、喧嘩を売っているのですね、ええ、理解しましたとも、勝負ですフィオーレ! あすこの型抜きにトナカイがあります、見事に抜いて賞金を得た方が勝ちとしましょう! 」


 ふんこふんこ、と鼻を鳴らし、サクラが屋台に向けて指を振る。


「もちろんですわ、受けて立ちましょう」


 からころ、と下駄を鳴らす二頭のゴリラを見送りながら、少年は苦笑する他はなかったのだ。


 そして型抜き勝負は、大人げなく斬鉄を使用した御用猫が勝利した。




「……若先生、少し、よろしいでしょうか? 」


上町までサクラとフィオーレを送り届けると、御用猫とリチャードは、マルティエの亭で夕食をとっていた。これは、またもや気を利かせた少年の発案で、田ノ上老とティーナは二人にして、今日はリチャードもここに泊まる事になっている。


 店は休みであるが、今はマルティエと従業員が、のんびりとくつろぎながら、自分たちの為だけに料理を作り、少々の酒を嗜みながら、女子だけの会話に花を咲かせていた。


「何だ? ああ、恋の悩みか、そうだな、フィオーレもあれで中々、良い女になりそうだしなぁ……おっきいし」


「そうではありま……違いますよ、なんでもありませんから」


 耳ざとくも聞き咎め、身を乗り出してきた女性陣に手を振って否定すると、リチャード少年は遮音の呪いを用意する。


 いつの間にか、随分と滑らかに呪いを行使するようになったものだと、御用猫は感心するのだ、剣術の方とは、習得速度が段違いである。


「若先生、真面目なお話なのですからね」


「悪かったよ、でもな、これは俺の性分だ、知ってるだろう? 」


 御用猫が肩をすくめると、先程まで口を尖らせていた少年も、諦めたかのように笑いを溢す。


 そして、ふと、真剣な眼差しで見つめてくると。


「何か、あったのですか? 」


「なんだよ、藪から棒に」


 リチャード少年は、しかし、何も言わずに、じっ、と御用猫を見つめてくるのだ。心の底まで見透かされてしまいそうな視線に、何か居心地の悪さは感じるのだが、野良猫の縄張りには、そう簡単には入れない。


「……若先生、僕は、若先生の為ならば、この手を汚す事も厭いません、もしも」


「やめろ、たとえ冗談でも、それ以上は許さない」


 御用猫とリチャードは、しばし、視線を合わせた。だが、睨み合う、という表現は相応しくないだろうか。なぜならば、そう、表現するには、優しく、暖かくに、すぎたのだから。


「まぁ、お前が心配する様な事は、何もないよ、本当だ」


「……信じます、いえ、僕は、いつだって、若先生を信じています」


「こいつめ、生意気になってきやがって」


 ふわり、といつもの笑顔を見せたリチャード少年の頭をかき混ぜると、彼は、くすぐったそうに肩を窄めるのだ。


 遮音の呪いのせいで、二人には届かなかったのだが、向こうのテーブルでは、女性陣が、彼らについての、けしからぬ話題で、盛り上がりをみせていたのだった。



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