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続・御用猫  作者: 露瀬
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老剣 木枯らし 13

 田ノ上道場の屋外稽古場にて、御用猫と甚助老は向かい合っていた。


「悪いな、爺さん、待たせたかな? 」


「ああ、良いぞ、よい、面白いものも見れたしのぅ……まこと、お主は、儂ごのみよ」


 にこにこ、と笑う甚助老は、いかにも好々爺然として、とても強者との真剣勝負を求める、剣の求道家には見えぬだろう。


(まぁ、それに騙されると、痛い目を見るのだろうが)


 向かい合って、御用猫は考える、この勝負、どうするべきかと。


 手を抜けば、たちまちに見抜かれるのは間違いなく、かといって、真正面から打ち合っても、この老人は納得しそうにないのだ。


「ふむ、双方よいかの? それでは、構えて」


 いつもより、少しだけ立派な長着に羽織姿で、田ノ上老が手を挙げる。ちらり、と御用猫に視線を送ると、少しだけ笑ってみせた。


「はじめい」


 声と同時、お互いが距離を取る。どうやら考える事も似通っていたのか。


 甚助老は、小さな身体を更に屈め、右の脇構え。


 相対する御用猫は、右手一本で竹刀の柄頭近くを握り、そのまま右腕を自らの首に巻き付けるのだ。やや右半身に構え、得物は相手から見えぬように、己の身体に隠している。


「あれは……確か、グリネイド……ロンダヌス異端剣術の」


 思わず呟いたリチャードを、サクラが何か言いたげに睨んだ。勝負の最中に言葉を発した事への注意ではなく、おそらく、どうしてリチャードが知っているのか、また御用猫に教えてもらったのか、などという不平の表れであろう。


「どうしてロンダヌスの剣術をリチャードが知っているのですか、まさか、またゴヨウさんに教えてもらったのですか、どうしていつもいつも、ゴヨウさんは私に意地悪をするのですか、あれですか、すきもごっ」


 どうやら我慢はできなかったらしく、小声ではあるが、まくし立てるサクラの口を、背後からフィオーレが押さえる。


 リチャードがフィオーレと視線を合わせずに、親指を立てて感謝をあらわすと、彼女の方もそれを返すのだ。この二人も、いつの間にやら打ち解けているのだろう。


(ならば、若先生の方が間合いは長いはず……なぜ、動かないのだろう)


 いつまでも動かぬ稽古場を見つめながら、リチャードは足元のくるぶしを抱き上げた。何かを抱いていたならば、この不安も和らぐのではないかと、無意識のうちに考えたのだ。


 その睨み合いは、いつまでも続くかと思われたのだが、均衡を崩したのは。


「あっ」


 思わず声をあげてしまったのは、しかし、迂闊なサクラを押さえていたはずの、フィオーレであった。


 さもありなん、御用猫は甚助老の死角で、なんと自らの竹刀を手放したのだから。


 それを切欠に、両者が動いた。およそ七十とは思えぬ鋭さにて、甚助老が間合いを詰める。


 合わせて振り下ろした御用猫の手は、空であったのだが。甚助老には、そこに剣があるようにでも見えたのか、それを右回りに回避するのだ。


 空手を振り下ろした御用猫は、その低い体勢から、伸び上がるように、甚助老に向かって斜めに空手を振り上げる。


 丁度、その途中に、竹刀が落下してきた。


 御用猫は、背中に隠した竹刀を手放し、甚助老の見えぬ位置より、踵を使って打ち上げたのだ。


 がっちり、と両手で、それを掴んだ御用猫は、相手の竹刀を弾き飛ばす。


「勝負あり! 」


 正眼に構えた竹刀を甚助老に向けると、田ノ上老から、終わりを告げる言葉が発される。


「やったぁっ! やりました、ゴヨウさん! 」


 はしたなくも、着物のままで飛び跳ねるサクラを、フィオーレが慌てて嗜める、髪も着物も、彼女が丹精込めて仕上げたものなのだから。


 ぷうっ、と、頬を膨らませて息を吐く御用猫に、甚助老は、手を叩きながら近寄ってくる。


「いやぁ! 見事、見事よ! 見えておったのじゃ、竹刀が打ち上がるのは見えておったのじゃがのぅ、それが、どうなるか、お主の動きを見ながらでは、考えが及ばなんだ……あれは、全て計算ずくかのぅ? 」


「いんや、場所がわるけりゃ、そのまま掴みかかるつもりだった」


 甚助老は、皺に隠れた目を、わずかなながらも見開くと、からから、と笑い始める。


「この、小さな老体に、組み打ちを挑むつもりじゃったか、これはなんとも、情けを知らぬ野良猫よ」


「なんだよ、本気でやりたかったんだろう? 」


 笑い続ける老人からは、何か憑き物でも落ちたかのような、清々しさすら感じるだろうか。


「ふむ、まぁ、いつも通りの野良猫剣法か……丹下どの、不肖の弟子がお気にめさなかったならば、どうですかな、もう一本」


 まるで、徳利でも傾けるかのような動きを見せる田ノ上老を、ティーナが腕を引いて馬車に連れ込んでゆく。


「ほら、ゴヨウさん、馬車を待たせているのですから、早く乗ってください、リチャードも! あ、くるぶしは留守番ですからね、ちゃんと大人しくしているのですよ? お土産は買ってきますからね」


 なにやら切なそうな表情を浮かべるくるぶしを、地面に降ろしひと撫ですると、リチャード少年も、甚助老に頭を下げてから馬車に向かう。


「さて、行くか、爺さんも乗っていきなよ」


「儂は、もう、祭に用は無いよ、それよりの……」


 声を落としながらも、にこにこ、と晴れやかな笑顔で告げられた、甚助老の言葉に。


(……あぁ、これは、もう、どうにもならぬ)


 御用猫は、鬱屈とした新年を迎えねばならぬと、覚悟を決めたのだった。




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