未だ名も無き御用猫
もしも、万が一、興味がおありならば、前作から読んでみると、多少は内容が分かりやすくなりませんね、お好きにどうぞ。
ひとつ、一人で出歩くな
ふたつ、再び帰ってくるぞ
みっつ、見つけりゃ首刎ねる
よっつ、良い子は寝る時間
ごよう、御用の御用猫
王都クロスロードといえども、深夜を二つも針が廻れば、その姿をがらり、と変える。
日なかは賑やかな商業地区も、しん、と、静まり、寝息を立てるのだ。
もしも、この静寂に紛れるものがあるとするならば、紛れもなく、狩る側なのだろう。
その集団は、全くの黒尽くめであった。墨で染められたシャツにパンツ、頭に黒い手拭いを巻き、ご丁寧にも、顔中にまで墨が塗りたくられている。
「黒子天狗」
最近、巷を賑わす盗賊団である。
吐き出す息まで揃いの七人、同じ速度、同じ歩幅、同じ背丈。
墨を拭えば同じ顔。
秋口の温い風は雨上がり、同じ動きにて水溜りを飛び越える。
先頭を行く男が片手を上げる、流石に、後続まで手はあげなかったか。
何処かの商店であろう、裏口の木扉は、資材搬入の為であろうか、荷馬車が通れる程の幅がある。
こつこつ、と、先頭の男が扉を叩くと、特に誰何の声も無く、こつこつ、と、同じ音が帰ってきた。
全て、計画通りである。彼等は半年も前から、奉公人として、各々が裕福そうな、しかし規模としては、小さめの商店を狙い、盗みを行っていた。
しばらくは真面目に働き、信頼を得たところで、こうして引き込み役となり、皆を招き入れるのだ。
毎週、木の日、この店では、銀行に売り上げを収めるため、前日の夜には、荷車に金貨を積み込んでいるのだ。
ここから手押しで河川港まで移動し、用意してある船で河口港の隠れ家へ。
この遣り口で、既に四件終えている、この仕事が最後になるだろう。今まで、裏口屋と揉めた事は無い、人を殺した事も無い、実に綺麗な仕事であったと自負さえしていた。
なので、扉を開けるのだ、自信を持って。
さくり。
なので、理解出来ないのだ、突き刺さる切っ先の意味に。
「ひとつ」
扉の隙間から、ぬるり、と這い出たのは、これまた黒い影。
「ふたつ」
手近な男の胸に、切っ先を十センチ程、刺し込む。
これは、猫の牙の長さ。ただ、それだけの深さで、人は殺せるのだ。
「みっつ」
肋骨に止められぬよう、刃は横にして刺し込む。
「し、ご、ろ」
遂に刀を振るうが、それは必要最小限に、首を、手首を、太腿を。
「……お前で、しち、だ」
漸くに動きが止まり、確認できた黒尽くめの狩人は、黒髪黒目、中肉中背、顔面を斜断する大きな向こう傷以外には、とりたてて特徴の無い男。
「ぐがっ、畜生、なんで、こんな所に! 御用猫か! 」
「違うな」
返ってきた意外な返事に、最後の黒尽くめは、動きを止めた。
「最初に、一人斬ったから、八人か……黒子天狗さんは、七つ子だと聞いてたが」
それとも、一人は貰いっ子か、と、平然として聞いてくる男に、底の知れない恐怖を感じた子天狗は、腰の物を抜くのすら忘れていたのだ。
「どうする? 抵抗しないのなら、斬らないが……ひとりっ子になるのは嫌か? 」
肩に乗せた大刀で、ぽんぽん、と、調子を取りながら、恐ろしい質問を投げかけてきたのだ。
「糞が! 悪魔め! 俺達は殺しはやらねぇ、急ぎばたらきはしなかったんだ! それを、こんな、畜生! 」
震えながらも叫ぶ子天狗に、悪魔が、ぽつりと、告げた。
「……お前らに金を盗まれて、首を括った家族にも、そう言うのか? 」
返事は無かった。
ただ、背を向けて走り出した子天狗に、脇差しを投げると、近くの死体から手拭いを取り上げ、愛刀の血糊を拭き取る。
カンナの商会を餌に、黒子天狗を呼び寄せたのは、敵討ち、という訳では無い。
ただ、あの店で、シャツを買った時に、家族が、とても幸せそうだった、それを覚えていた。
それだけの事であったのだ。
何の因果か野良猫稼業
未だ名前もありゃしない
悪党共に興味は無いが
首代あるなら即参上
御用、御用の、御用猫