仮仮
俺は人間が嫌いだ。俺も人間だが、嫌いだ。俺が人間だから嫌いなのかもしれない。嫌いって好きの反対だから、もしかしたら今後変わるかもしれない。
などと、自分の価値観を再確認している場合ではない。俺は今、銀行にいる。そして目出し帽を被って、トカレフだかなんだか分からないが、それっぽい物を持った奴が銀行員に怒鳴っている。
「早く金だしな!! ぐずぐずするなよ。周りの奴等も動くと撃つぞ!!」
そう、今は銀行強盗の真っ最中。しかし、それよりもまずい事が起きた。
口座に金がない。やばいな。あれ、前確認した時は一万あったと思ったのに。あと給料日まで一週間もあるのに。なんだか今なら強盗犯を応援したくなるわ。手伝うから一割くれないかな。あっ、このあとテレビの取材に応えたら、いくらか謝礼貰えないかな。貰えるよね。貴重な生の声なんだもん。ついでに顔も出しといて、呟いとこうかな。新たな出逢いが生まれたりして。しっしっしっ……。
「聞こえているか、犯人よ!? 既に銀行は警察が包囲してある。諦めて出てきなさい!」
って、警察はええよ。なんでこんなに早いの? いいよ、今はさっさと金奪ってもらって、早く俺はテレビの取材に応えて、謝礼貰わないと。腹減ったんだよ。こっちは。
「たかし! こんな事してないでまた一から頑張ろっ! ねぇっ!」
「お母さんも心配しているぞ! 今ならまだ間に合う! たかし君! 」
ええっ!? お母さんも早すぎるよ。ってか、たかし君かよ。俺と同じ名前かよ。なんだから、俺に言われている気がして嫌だな。
「うっせぇ!! もう駄目なんだよ、手遅れなんだよ!! 俺にはこうするしかないんだよ!!」
――パァッン――
「キャアッッ」
「ウワッッッ」
「俺はこのトカレフで金奪って、包茎治さないと、男としてやり直せないんだよ!!」
あっ、当たってた。ってか撃つなよ。お前の息子が撃てなかったからって、ここで実弾を撃つなよ。トカレフ買う金で包茎治してくれば、たかし君は平和だったのに。
「ちょっとちょっと、今取材のカメラまわさないで、何やってんの!!」
「警察だからって止めないでください!! 私達には真実を伝える義務がありますから!!」
あ〜、たかし君。さっきの包茎のくだりもカメラを通して全国に広まるかもね。良かったね。真の包茎者になれて。
「ちっくしょ〜!! 俺は捕まらねぇぞ!! 絶対に!!」
無理だろ、たかし君。君のすべき事は素直に自首して、罪を償い、包茎でも愛してくれる女性と出逢う事だよ。自分に素直になりなよ。君はね、心まで被ってはいないはずだよ。……多分。
「わたしっ!! 包茎でも大丈夫です!!」
いた〜!! 人質の中に包茎でも大丈夫な女性、いた〜!!
「てめ〜!! 動くな、喋るな!! トカレフで撃たれてぇのか!?」
無駄にトカレフ強調するね、たかし君。
「嫌です!! 撃たれたくはありません!!」
「だったら、黙っ」
「でも!! ……包茎には撃たれても、いいです」
「……なん、だと……」
ツッコミが追いつかない。もしかしてこれヤラセ? だったら謝礼の件も無くなるんだけど。マジやばい。やばいけど、どうしたらこの事件終わるの?
「たかし君。世の女性にはこういう人もいるんだ。今すぐ自首して、早く楽になろう。警察官である私も、包茎だよ。さあ、あとは署で話を聞くから」
「たかし!! お前の死んだお父さんも包茎だったよ!! 大丈夫だよ」
「実は俺もなんだ!!」
「僕も……」
「性器に自信が無い男、可愛いと思います!!」
「包茎万歳!!」
なにこの一時的な包茎ブーム。言えない、俺は包茎じゃないなんて言えない。ちょっと前に手術したなんて言えない。今では自信がついてモテまくりとか、そんな事絶対に言えない。
「ちっくしょ〜!! もっと、もっと早くにお前らに会えていたら……」
「わたし、待ってるから。だから、自首しよ、たかし君?」
だから、あんたは誰なんだよ。やけに親しげだけど。
「包茎でも、非包茎でも、心に皮は必要ないよ、たかし君」
だから、なんなんだよ、さっきから。センスが俺に似てるのも嫌だし。
「……わかった。自首するよ。皆さん、すみませんでした」
おっ、やっと事件が終わるのか。良かった。あとは取材カメラを見つけて謝礼貰うだけだな。
「でも、早漏は嫌だな」
「……早漏の、早漏の何が駄目なんだよ〜!!」
パァンッ
パァンッ
パァンッ
「ウワァァッ」
「キャアッッ、早漏の早撃ちよっ!!」
あの女、絶対楽しんでるだろ。余計な事しやがって。
「たかし!! 死んだお父さんは遅漏だったよ!!」
「たかし君っ!! 大丈夫、早漏は改善できるから!! 署でゆっくり教えるから!!」
もう、ツッコム気力がない。何か早く終わらせる手段は無いのかよ。くそ、早漏のくせに長引かせやがって。もう撃ってるけど。
「あの〜」
「なんだ!? 勝手に喋ったら撃つぞ!!」
「いや、わたくし、アダルトビデオの監督をしてましてね。今度企画で、早漏を改善させる趣旨の画を撮ろうかと思いまして。良かったら、たかし君。やってみませんか?」
キター!! まさかの監督!! 早漏救済企画!!
「お、お前が監督だって証拠は、あ、あるのか?」
確かに。
「わたくしが撮った代表作に『騎乗位大作戦』という作品がございます。良かったら裏話でもしましょうか?」
「ま、マジか!! あの作品の監督なのか!?」
マジで!?その節はお世話になりました、監督。ついでだから裏話、聞かせて
「い、いや信じるぜ、監督!! 裏話はまた今度聞かせてくれよ!!」
おい、たかし君!! 今話させろよ!!
「それじゃあ、ちょっくら罪償ってくるぜ、監督。あっ、名刺とかない?」
たかし君、ウッキウキだな。良いなぁ。刑務所から出たら撮影かぁ。
「あっ、今犯人が出てきました!! トカレフは持っていません!! なぜか笑顔です!! 繰り返します! 包茎で早漏の犯人が自首してきました!!」
たかし君は自らパトカーに乗り込んでいった。事件はなんとか終わったが、取材は監督とあの女に集中して、俺は謝礼にありつけなかった。
あ〜。ただ、ツッコミ疲れただけだな。帰って、小麦粉でうどんでも作ろうっと。
その日の夜、ニュースでたかし君は『性器にコンプレックスがある強盗犯』として全ての局で報道されるという、快挙を成し遂げていた。
俺は早漏だけど包茎じゃないぞ!!