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お姫様は暗闇の中

 しばらく二人は呆然と暗闇の中に立ち尽くした。まったく知らない建物の中、真っ暗闇では動けない。


「お姫様」


 どこからかノワールの声が聞こえる。


「ノワール! 無事だったのね」


「なんとかね。お姫様も無事みたいで良かった」


「ノワール、外の様子はどう?」


「外はやっと黒い靄が晴れたところさ。騎士たちは黒き魔女に連れられて、どこかへ行っちまった。今、塔の周りには動物の一匹もいない。寂しいもんさ」


「では、外に出ても安心ね。問題はどうやって出るかだわ」


「こっちの壁にネズミ穴があるんだ。ここからなら外が見えるかもしれないぜ」


 ノワールの声がする方に視線を向けてみると、その辺りでは闇の中にも少しだけ、ものの輪郭が見えているようにも感じられた。姫君は足先で床を探りながら壁に近づいていく。

なにか真っ黒なものが近くにあるように思い、目をすがめて集中すると、闇の中にぼんやりとイザの輪郭が見えてきた。


「イザ、そこにいたのね」


 姫君がそっと近づく。イザは姫君の声を頼りに体の向きを変えた。


「無理に動かない方がいい。この部屋の造りも把握できていないんだ」


「大丈夫、完全な闇ではないわ。光が漏れ入っているのよ」


 姫君は、そろそろと手を伸ばしてイザの腕をつかんだ。イザはほっと息を吐いた。


「良かった、無事だったか」


「心配してくれるの? さっきまで、あんなに嫌っていたのに」


「疑って申し訳なかった。君が魔女に呪われているというのは本当だったんだな」


 イザの言葉を聞いた姫君の目にじわりと涙が浮かんだ。


「信じてくれるの?」


「すべてを信じることはできない。だが君が魔法の被害者だということは確かだ。なんとかここから出て、王城に帰ろう。私が証言して君を保護する」


「いいえ」


 姫君は指で涙を払うと、きっぱりと言った。


「急いで隣国へ向かいましょう。黒き魔女は今度はヘンリー王子様に呪いをかけるつもりなんだわ」


 また「にゃあ」という声がして、イザがびくりと震えた。それでも震える声で話し続ける。


「どっちにしても、ここから出ねば」


「そうね。とにかくネズミの穴を見つけて、そこからどうにかできないか試してみましょう」


「ネズミの穴? なんだ、それは」


「壁にネズミが開けた穴があるって、ノワールが教えてくれたのよ。ノワールはネズミ捕りの名人だから」


 塔の外でノワールが「その通り」とニャーと鳴いた。姫君はノワールの声を頼りに歩きだそうとしたが、イザは引っぱっても動かない。


「どうしたの、イザ」


「君は本当に猫としゃべっているのか?」


「そうよ。意味は分からなくても、イザにもノワールの声が聞こえているでしょう」


「猫は……、私のことを嫌っているだろう?」


「え? 嫌っているって、なんで?」


 イザは黙り込んでしまい、姫君はノワールに尋ねた。


「イザとなにかあったの?」


「チビだったころのイザを、俺の母親が思いっきり引っ掻いたことならあったらしいけど、そのことかな」


「まあ。どうしてそんなことに?」


「撫でられ過ぎて鬱陶しかったんだそうだ。猫は人間との間に距離感が必要だからな」


「じゃあ、嫌っていたわけじゃないのね」


「そうじゃないか」


 姫君はイザの腕をそっと引っぱった。


「嫌われてはいないそうよ。ただ、猫をかわいがるときは節度を保って欲しいのだそうよ」


「心がける」


 硬い声だったが、今までよりは幾分か明るさを増しているようだ。姫君とノワールとの会話のおかげでリラックスできたのか、イザもノワールの鳴き声がする方へと歩き出した。


 行く手がほんの少しずつ明るくなっていく。普段なら気付けないような小さな小さな光だが、真っ暗闇の中ではとても頼もしく感じる。

 壁の石積みのわずかなへこみと地面の隙間を利用して、そこから穴を広げたらしく見える。


「この穴、外から中に向かって開けてあるようだな」


「外からネズミが入ってきたの?」


「そうだろう。封印はもしかしたら、この穴から崩れたのではないだろうか」


「たったこれだけの小さな穴なのに、大変なことになるなんて」


 イザは床に膝を付いて穴から外を覗いた。


「蟻の穴から城壁が崩れたという故事もある。だが、さすがに人間が素手で穴を広げるのは無理だな」


「塔の内側からでは封印されたドアは開けないかしら」


「内側からどうにかできるようなら、封印にならないだろう」


「それもそうよね……」


 穴のすぐ近くからノワールの声がする。


「そもそも、封印を解くっていうのは、どうやるんだ?」


「開くときも閉じるときも、私の涙を封印の扉に落とせばいいのですって。たったそれだけのことなのに、なにもできないなんて」


「そんなに難しく考えなくたって、俺が涙を運んで扉に擦りつければいいだけの話じゃないか」


 姫君は瞳をきらめかせて拍手する。


「すごいわ、ノワール。鋭い指摘だわ」


「なにか水を運べるようなものは持ってないのか?」


 ノワールに聞かれて、姫君はイザに尋ねる。


「イザ、水滴を運べるようなものはない? 私の涙をノワールが封印の扉まで運んでくれると言うのよ」


 イザは少し考えてコインを一枚、姫君に渡した。


「これなら水を運べなくもないとは思うのだが、はたして猫にコインを運ぶことはできるだろうか」


「ニャー」


 ノワールはどこか馬鹿にしたように聞こえる鳴き声を発して黙り込んだ。


「とにかく、やってみましょう」


 姫君は目の側にコインを近づけると、大あくびを三度した。なんとか一滴の涙をコインに乗せると、手のひらに乗せてネズミ穴から外に差し出した。


「ニャー」


 いやに低いノワールの鳴き声がして、姫君の手からコインが離れていった。待つほどもなく、白く爆ぜたかと思うほどに強い光が塔の中にあふれた。


 目をつぶるのが遅れた姫君は、閉じた瞼の後ろでチカチカと星がまたたくような痛みを感じた。

 重い金属が石床をこする音がして、外から風が吹き込んできた。


「大丈夫か、二人とも」


「何者だ!」


 イザが鋭い声で叫んだ。姫君は未だ痛む目をうっすらと開けようとしながら尋ねる。


「どうしたの、イザ。だれかいるの?」


「今の声が聞こえなかったのか?」


「ノワールの声? 聞こえたわ」


「猫の鳴き声のことではない」


 イザも光に目をやられ、まともに辺りを見通せていない。姫君を背にかばいながら声がした方に向かって、ただ身構えることしかできない。


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