お姫様は宴会中
「さて。話し合いにもケリがついたようだし、そろそろ日も暮れる。幕屋を立てるから、休息を取ってくれ」
ヨキが兵に指示して、てきぱきと広場にいくつもの幕小屋を張り、移動式のかまどを使って煮炊きまで始めた。
「さあ、レディ。ご案内しよう」
ヨキが、父王と話し込んでいる姫君の手を取る。素直に歩きだす姫君の手を、ノワールがヨキからもぎ取った。
「お姫様に触るな」
牙を剥きだしにして威嚇するノワールを、ヨキは面白がって手を噛ませようとしたり、引っ込めたりと、楽しそうにからかう。
「ノワール、ヨキ様は恩人よ。失礼な態度はだめよ」
「恩を売っておいて、がっぽり儲ける気なんだよ。ただでなにかしてくれるような奴じゃない」
ヨキは嬉しそうに笑う。
「ほう、俺のことをよくわかってくれてるじゃないか。さすが、我が婚約者の親友だ」
ノワールが噛みつきそうになるのを、姫君が引っぱって止める。それでもノワールは前へ前へと進む。
「だれが婚約者だ!」
大きな声でヨキに詰めよろうとするノワールの前に、イザが入り込む。
「落ち着け。ハギル流の冗談だろう」
「冗談ではない。イーリア姫とポートモリスの王子の婚約は解消されたそうじゃないか。正式に申し込もう」
ヨキはアスレイト国王の前でアスレイト流の礼を示した。
「アスレイト国王にハギルの王から申し上げます」
礼儀正しく作法にのっとった動作に、アスレイト国王も礼節を持って答える。
「おうかがいいたしましょう」
「貴殿の姫、イーリア殿を、我が后として迎える、その栄誉を賜りたい」
アスレイト国王は姫君の顔を見て目顔で、どうするかと問う。姫君は真っ直ぐにヨキに視線を向ける。
「まずは私のことを知ってください。そして、私もヨキ様のことを知ろうと思います。なにも知らぬ子どものように、無邪気に嫁ぐわけにはまいりません」
ヨキはにやりと笑う。
「やはり、いいな。ぜひとも嫁に欲しい。俺は、そのために最善を尽くそう」
両手を大きく広げて、ヨキはみんなを招く。
「良く語り、共に食べ、大いに飲もう。今日から我らは朋友だ」
ハギルの兵が歓声をあげて調理を進め、大きな荷物の中から酒瓶を取り出す。イザがあっけにとられたように口を開く。
「戦場に酒を持ち込んでいるのか」
あっという間にととのえられていく宴席の様子を見ながら、ヨキは楽しそうに答える。
「酒がなくて、生きている甲斐などないからな。戦で散るかもしれぬその前夜には、必ず必要だ」
メルキゼデクが髭を撫でながら「騎士と戦士の違いだなあ」と感心したように呟いた。
宴会は夜遅くまで続いた。脅威をもたらす黒き魔女のすぐ側に陣取っているというのに、人々は明るくはしゃいでいる。
初めのうちは規律正しくしていたアスレイトの兵士たちも、王からの許可が下り、ハギルの戦士たちから強く勧められ、酒とごちそうを頬張り、歌にも加わった。
姫君は久しぶりに仲間としみじみと語り合っていた。
「ふむ。ポートモリスの王子はそこまで、うつけていたか」
姫君たちの行動を逐一聞いたヨキの最初の感想は、それだった。
「そんな男の嫁にならずにすんだとは、黒き魔女に感謝した方がいいのかもな」
イザが眉を顰める。
「そのような言い方はいかがなものかと思います」
「ポートモリスの王子に失礼だという意味か? それとも黒き魔女を褒めるのが不謹慎だと?」
「どちらもです」
ヨキは手を軽く振ってイザを黙らせた。
「お前、つまらんぞ。なんだ、そのかしこまった態度は。気色の悪い」
「一国の王の御前で失礼があってはならぬと……」
「ああ、ああ。それは以前、お前のお姫様から聞いたぞ。本当にアスレイトの人間は頭が固いな。初めに合った時の威勢の良さを思い出せ」
そう言われたからといって失礼な態度は取れないと思いながらも、気分の良い言葉なわけではない。イザはむっつりと黙り込んだ。
「そうだ、お前はそれでいい。お姫様とラブシーンを演じるようなタマじゃないだろう」
イザは大勢の面前で姫君への愛を誓ったことを思い出し、カッと顔を赤くする。姫君も真っ赤になってイザの方を見ることができない。初恋に翻弄される少年少女のようになってしまった二人を放っておいて、ヨキはメルキゼデクに尋ねる。
「黒き魔女を再び封印することができると思うか」
メルキゼデクは目だけで笑う。
「それを黒き魔女の膝元でお聞きになられるか」
「どこでだろうと同じことだ。魔女にあっては、壁などないも同然だ」
「できるでしょうな。けれど、するかどうかはお姫様の御心しだい」
メルキゼデクが見ると、姫君は小さく首を横に振った。
「私は黒き魔女と話をしに行くのです。封印しに行くのではありません」
ヨキが鋭い瞳で姫君を見つめる。
「話し合いが決裂したらどうするのだ」
「わかりあえるまで、話し合います」
ふっと笑ったヨキの視線は、とても優しいものに変わる。
「そのしつこさも、とてもいい。本当にお前はいい女だな」
姫君は褒められているのかどうかわからないと思いながらも「ありがとうございます」とお礼を言った。