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お姫様は解説中

「みんなの呪いを解いて。これ以上、ひどいことをするのはやめてください」


 黒き魔女は鼻を鳴らして、姫君をばかにしたような笑いを浮かべた。


『ひどいこと? 私はみんながなりたいようにしてあげているだけ。心の中に隠している、本当の欲望を解放しているの』


「本当の欲望?」


『ポートモリスの兵を見たでしょう? 私はあの子たちに、したいようにしなさいと、力を貸してあげただけ。彼らはみんな、私の指示を欲しがったわ。指示されて、従う。それが、彼らにとっては気持ちが良いのよ』


「そんなはずはないわ。みんな、大切な人のことを思い出して、本当に嬉しそうだったもの」


『それはね、みせかけの喜び。自分をもだます、それこそ自分で作りだした呪いよ。あなたもそうでしょう? 姫君なんて窮屈な生活に飽き飽きしていた』


 姫君はなんとも言い返せず、黙ってしまった。


『私がしていることは悪いこと? そこの猫だって、本当は人間になりたくて仕方がなかったのよ。わかるでしょう?』


 ノワールも黙り込み、気まずそうに黒き魔女から視線をそらした。


「私は違う」


 イザがきっぱりと言いきる。


「私はいつ何時でもイーリア姫の側にいたい。姫を忘れたいと思ったことなどない」


『本当にそうかしら』


 黒き魔女が嫣然と笑う。


『あなたはずっと、本当の気持ちを押し隠して生きてきた。姫と騎士という身分の違いも、お姫様があなたのことを友人としてしか見ていないことも、辛かったんでしょう』


 イザは黒き魔女を睨む。黒き魔女はその視線が心地よいものであるかのように微笑んだ。


『いっそ忘れてしまえば楽になれる。そう思っていたのでしょう』


「辛くとも、イーリア姫を思う気持ちがなければ、私は騎士でいる意味を失ってしまう。私が私であるのは、姫のため。それだけだ」


『ふうん』


 黒き魔女はからかうように、イザに向けて指を付きだした。


『お姫様のキスで目覚めたからって、思いが叶うなんて思わないことね』


「もちろんだ」


 イザは堂々と胸を張る。


「私はイーリア姫のもの。姫の欲するようにある」


 一瞬、黒き魔女の視線が、きつくイザを刺した。姫君は黒き魔女の表情を見て、痛みにも似た衝撃を受けた。その視線には、はっきりとした羨望が映っていたのだ。

 だが、その色はすぐに消え、黒き魔女はつまらなそうに余所を向いた。


『茶番はもう飽きたわ。さあ、そろそろ返してもらいましょうか。私の魔力を』


 ノワールがばかにしたような態度で黒き魔女を見やる。


「人質を取り返したのに、脅しに乗るわけないだろう」


『脅しなんかじゃないわ』


 黒き魔女は赤い瞳を燃やすようにきらめかせて、アスレイト国王が手にしている王冠を見つめる。


『それは私のもの。あなたたちは私のものを掠め取った盗賊。今ならまだ許してあげるわ。素直に返せば、私もあなたたちを、おうちに帰してあげる。悪い相談ではないでしょう』


 アスレイト王は沈黙を守り、居並ぶ兵士は剣を抜き、黒き魔女に立ち向かうかまえを見せた。


『ばかな子たち。じゃあ、さようならの時間ね』


 黒き魔女の瞳がすっと細められた。


「待って」


 姫君が黒き魔女に歩み寄る。


「お姫様、危ないよ!」


 駆けよろうとするノワールを、メルキゼデクが止めた。


「私たちはあなたが魔力を取り戻してなにをするのか、想像もできず恐ろしいのです。あなたは、なにがしたいのですか?」


 黒き魔女はくすくすと笑いだした。


『私のことに興味があるの? いいわ。色々お話ししましょう。どうぞ、塔に上ってきてちょうだい。今見えているのは私の影。私は塔の最上階にいるわ』


「わかったわ。王冠を持っていきます」


「いや、だめだ」


 後ろからの声に振りかえると、いつの間にやって来ていたのか、ヨキが立っていた。魔力を返すことに反対したのかと思ったが、ヨキは意外な提案をした。


「もう日が暮れる。人を訪問するには向かない時間だ。明日の朝、あらためて伺うべきだ。そうだろう、黒き魔女殿」


 黒き魔女はくすくす笑いを続けたまま、ヨキの髪の先から足の先までじっくりと観察した。


『そうね。マナーはとても大切。私も、明日にはおもてなしの用意を完璧にしておくわ。ではね、かわいいお姫様。明日は女同士、二人だけでお話ししましょう。楽しみにしているわ』


 黒き魔女の姿がぐにゃりと崩れ、ただの靄に戻り、封印の塔の中に吸い込まれていった。

 ノワールがヨキに食ってかかる。


「明日に引きのばしたりしたら、黒き魔女が力を増すかもしれないだろ!」


「逆だ。夜は魔力を引き寄せる。うかつに近づいては危険なんだ」


 アスレイト王がやって来て、姫君を抱き寄せた。


「無茶なことをしないでおくれ。心臓が凍るかと思ったぞ。もう黒き魔女にかかわるのはやめてくれ」


「いいえ、お父様」


 姫君はそっと父王の胸に手をつくと、その腕の中から抜け出した。


「私は彼女と話をしなければならないのです。私が本当に名前を取り戻すには、それが必要なのです」


「しかし、お前はイーリアという名前を思い出したのだろう。私たちもお前のことを思い出したのだ。それではいけないのか」


 姫君は父王の王冠をじっと見つめ、目を伏せた。


「なぜ、黒き魔女の魔力を封じるのに、王冠を使ったのですか?」


 王はなんのための質問かわからないまま、誠実に答える。


「これほどの歴史と人の思いが詰まったものでなければ、抑え込むことができぬほど、強力な魔力だったのだ」


「探し物は意外なところにあるものだ。たとえば竈門の灰の中、たとえば井戸の水の中、たとえば裏木戸開けたとこ」


 突然、歌いだした姫君を、不思議そうにみんなが見つめる。姫君は静かに目を上げ、父王を見つめる。


「木を隠すには森の中。奪ったものはどこかに隠すけれど、そのものが属している場所に隠されるもの。王冠の中にしか隠せなかった黒き魔女の魔力は、王冠と同じものに属しているのではないでしょうか」


 父王は王冠に目をやり、「ふむ」と呟く。


「王冠の属するものとは、なんだと思うのだ」


「誇り、伝統、きらめき、その他にも色々、善なるものが詰まっているのだと思います。だからこそ、国民は国王の冠に威儀を見出すのでしょう」


「でも、お姫様。そんなこと言ったら、まるで黒き魔女が良いやつみたいじゃないか。あれが善人にはとても思えないよ」


 姫君はノワールに微笑みかける。


「完全な善は神だけがもつものではないかしら。同じように、完全な悪も、神だけがもてるもの。私はそう思うの」


 黙ってしまったノワールに、姫君はまた、見た者の心をとろかすような微笑みを見せる。


「黒き魔女も、きっと、輝く王冠のような、なにかを持っているはずよ」


 姫君の確信に満ちた言葉には、他のだれをも納得させる力があった。輝くような透き通った心から発せられた清い言葉に、異議をとなえるものはだれもいなかった。


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