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お姫様は戦いの中

 塔に近づくと、金属の扉が軋みをたてて開いた。ポートモリス風の長剣を、だらりとぶら下げたイザが、姿を見せる。


「イザ!」


 姫君が思わず叫ぶ。イザはぼんやりと目を上げた。


「しっかりして、イザ! 戻ってきて!」


 姫君の方に目を向けたイザは、苦しそうに顔を歪める。


「イザ!」


 しかし、それ以上の反応を見せることはない。このままではイザを苦しめるだけだと判断したメルキゼデクは、姫君の隣に並ぶ。


「やはり、直接に黒き魔女の呪いを口移しにされただけあって、名前を呼ぶだけでは呪いは解けないようだね」


 ノワールが姫君をかばいながら前へ出る。イザが、動いた。


 ぶら下げていた剣を両手で握る。ノワールがもう一歩進む。

 イザが剣をかまえると、剣先から黒い靄が飛び出し、その体を取り巻いた。まるで黒い鎧を身に付けているかのように、黒い靄がイザの全身を覆っていく。


「なるほど。これでは触れることも出来ないね。さて、あの靄は払えるものか」


 メルキゼデクが、伸ばした手をひらりとなびかせる。すると突風が吹き、イザに襲いかかった。

 イザは両腕で顔をかばう。風の威力が強すぎて、数歩押し返されている。だが、黒い靄はイザの体から離れることはない。

 メルキゼデクは手を振って風を止めた。


「俺がやる」


 ノワールが吐き出した黒い靄が、イザに向かって躍りかかる。剣をめがけて靄を叩きつけようとしたが、イザが剣をかばうように動き、黒い靄同士がぶつかった。

 ジュッと、熱した金属に水が触れ、蒸発した時のような音がした。


「黒い靄が削れた!」


 再び靄を叩きつけようとしたが、イザが剣を振ってノワールの靄を打ち払う。その攻防が続いている間にメルキゼデクが強い光を呼んだ。ノワールの背面に突然現れた光球にイザは目を焼かれ、腕で目を覆う。


 その隙を逃さず、ノワールが黒い靄をイザの全身に押し付け、鎧を引きはがした。イザを取り巻いていた黒い靄は剣先に収束していく。イザは苦しげに呻いている。

 思わず姫君は駆け出し、イザに抱きついた。脳裏に黒き魔女がイザに靄を口移しで飲ませた情景が蘇った。吸い出せないだろうか。


 精一杯に背伸びをして、イザの唇に唇を重ねた。びくりとイザの体が跳ねる。姫君は振りほどかれないようにしっかりとイザを抱きしめる。

 どれくらいそうしていたか、不意に、イザの腕が姫君を優しく包んだ。

 暖かな腕を背中に感じた姫君は唇を離し、イザの目を見つめる。


「イザ、私がわかる?」


「……イーリア姫」


 ぽつりと呟いたイザを見上げたまま、姫君は大輪の花が咲いたかのような笑顔をみせた。


「そうよ、私よ!」


 姫君の目から涙がこぼれる。その涙はイザの手にかかり、そこから光が全身に広がった。剣先にたまっていた黒い靄がむくむくと膨れ上がる。朝日を浴びて氷柱が溶けていくように、完全に剣から離れた。

 イザはそっと姫君の頬に触れた。涙を掬いとり、辛そうに眉根を寄せて強く唇を噛む。


「ああ、私の姫。私は……、何度あなたを裏切っただろう」


「いいえ、裏切ってなどいないわ。私の名前を忘れても、ずっと側にいてくれた。黒き魔女に囚われても、私の呼びかけに必死に答えようとしてくれた」


「聞こえていた。あなたの名前を呼べなくなってからも、胸の奥で、ずっとあなたの名前を呼ぼうとする自分の声が。それなのに私はなにもできずに……」


「いいのよ、イザ。あなたが忘れたら、私が何度でも思い出させてあげる」


 姫君はこぼれるような笑顔で言う。イザはその笑顔に微笑みを返す。まるで子どもの頃に戻ったようだと思う。なんのしがらみもなく、ただ無邪気な友だちだった二人に戻ったような。

 姫君は、その素直な思いを口にした。


「イザはいつも、いつまでも、私のことを思ってくれる、大切な友人よ」


 イザの瞳が揺れた。息が詰まったかのような苦しそうな表情になり、静かにひざまずいた。うやうやしくかしずき、姫君の手を取る。


「その言葉を裏切ることを、許してほしいとは言わない。ただ、聞いてほしい。私はもう、あなたを友人と呼ぶことができない」


「え……?」


 突然の言葉に姫君は戸惑う。イザの瞳がしっかりと姫君の瞳をとらえる。そこに熱いなにかを感じ取り、姫君の胸が高鳴った。

 イザは姫君の手に口づけを落とす。


「私の心からの愛を、あなただけに捧げます」


 姫君は動けなくなり、イザを見つめることしかできない。イザの瞳の中に映る自分の姿がきらめいていることに、初めて気づいた。


「お姫様、あぶない!」


 ノワールの声にハッとしたイザが素早く立ち上がり、姫君を抱いて飛びすさる。

 二人がいた場所に黒い靄がわだかまり、それは徐々に細長く収束した。柱のように立ち上り、黒いドレス姿の、美しく、けれどまがまがしい女性の姿に変わっていく。


 女性は閉じていた瞼をゆっくりと開く。真っ赤な瞳は強い怒りに燃えていた。


『よかったわね、あなたの騎士を取り戻せて。心からお祝いを言うわ』


「黒き魔女……」


 姫君がイザの腕から離れ、黒き魔女と対峙する。姫君は強い視線で、黒き魔女の瞳を真正面から見据えた。


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