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お姫様は決意中

 国境には、ぼんやりと宙を見つめている兵士が大勢いた。だが、国境が開いても大した抵抗もせず、大人しくなすがままに一か所に集められ、虚空をぼんやり見たまま座っているのだという。

 その場にいる友人知人が名前を呼んでみたが反応はなく、姫君の涙に触れてもぼんやりと、自分の身に付いた輝く涙を見るだけだった。


「彼らも、愛する人と早く再会できるといいのだけれど」


 馬の背に戻り国境を越えようとする姫君がぽつりと言うと、ノワールが首をかしげた。


「だれにも愛されていない人がいたら、どうなるのかな。ずっと呪いは解けないの?」


「そんな人がいるかしら。だれからも愛されずに生きていけるものかしら」


 二人が見つめると、メルキゼデクは「それはわからないね」と静かに言った。




 アスレイトの領地に入ると、見知った騎士が何人も、姫君を待っていた。膝を付き、深く頭を下げる。


「我らが不甲斐ないばかりに姫君には大変なご苦労をおかけして……」


「大丈夫。私はすべきことをして、知るべきことを知っただけです。今は一番大切なことが知りたいわ。黒き魔女はどこにいるか、わかる?」


 立ち上がった騎士の一人が、木を薄く削って作ったアスレイトの伝統的な巻物を差しだした。


「国王陛下のお言葉でございます。ポートモリスとの講和へ向けての書状です」


 姫君は受け取り読んだ。


「我が国アスレイトに黒き魔女より遣いがあり、我が国の騎士と引き換えに魔力を……」


 姫君は真剣な表情で騎士に問う。


「陛下は、いつ城を立たれたの?」


「今朝、早い刻限です。姫君がご帰還されるという情報が、まだ届いておりませんでしたもので。今頃はすでに封印の塔に辿りつかれているかと」


 姫君は巻物を返すと、また馬に乗った。


「急ぎましょう。黒き魔女は封印の塔に戻っているのだわ。イザを人質にして、魔力を返せと交渉している」


 メルキゼデクが静かに問う。


「アスレイト国王は、たった一人の騎士のために、世界に脅威をばらまくような選択をするお人かな?」


「そんなことは絶対にありません。イザを救い出し、黒き魔女も止める。お父様なら、その決断しかしないはず。そのために必要な力を、私たちは持っているわ。さあ、行きましょう」


 三人は全力で馬を走らせた。

 街道から山に入り、封印の塔がある谷が見えた頃には、すでに日が暮れようとしていた。馬を下り、繁みをかきわけて歩いていると、木の陰から弓を構えたハギル兵が姿を現した。


「何者だ」


 問われて姫君が名乗る。


「アスレイト国王の娘、イーリア・シエン・アフェクシオンです。どうしてここにハギルの方がいるの?」


 兵は弓を下ろして頭を下げた。


「ご無礼いたした。我らは王に従い、この地の警備をいたしております」


「ヨキ様がここに来ているの?」


「はい。アスレイト国王陛下が魔力を黒き魔女に返すかもしれぬという報を聞き、馳せ来りました」


 姫君は谷の底を透かし見るように目を細めた。


「では、まだアスレイト国王は無事にいるのですね」


「人質にされている騎士とにらみ合いが続いています」


「急ぎます」


 姫君はきりりと顔を上げて、兵士たちの間を抜けて歩いていく。道中、口が重かったノワールがぽつりと呟く。


「イザのやつ、無事かな」


「大丈夫。大丈夫よ」


 姫君は自分に言い聞かせるように繰り返した。



 封印の塔を囲む広場に出る。塔を何重にも取り囲んでいる大勢のアスレイト兵が、ちらほらと姫君に気づき、あわてて王家の姫に対する礼をとる。

 それが波のように広がり、谷間の奥にいたアスレイト国王にまで伝わった。


「イーリア……!」


 国王は腰かけていたイスから立ち上がると、茫然とした表情で姫君を見つめた。姫君は静かに父王に近づく。


「お父様。御命の通り、姫を連れ帰りました」


「なんということだ……。私はお前のことを忘れていた。なにがあっても守ると決めていた娘のことを」


「黒き魔女の呪いの恐ろしさです。思い出した後も苦しむように、後悔させるようにできているのでしょう。どうか、ご自分を責めないでください。それでは、黒き魔女の思い通りになってしまいます」


「イーリア、私を許してくれるのか?」


 姫君は、にこりと笑う。


「許すだなんて。私は最初から、お父様は私を思い出してくれると知っていました。見も知らぬ娘となった私を信用して、旅に出してくれましたもの」


「すまない、辛い思いをさせたな」


 姫君はやわらかに首を左右に振った。


「辛いのは、イザが黒き魔女に連れ去られたことだけです。彼はどこに?」


 国王は真っ直ぐに封印の塔の入り口を指さす。封印の塔は様変わりしていた。

 真っ直ぐだった壁は奇妙に歪み、瘤がたくさん突き出た古い木の幹のようになっている。真っ黒な外壁は、石造りだったはずだが、今はぬめる粘液に覆われて不気味な生き物のように見えていた。


「今は塔の中にいる。人が近づくと出てきて、黒い靄で辺りを包むのだ。靄にふれたものが何人も昏倒し、今も意識が戻らぬものもいる」


 姫君は頷くと、塔に向かって一歩を踏み出した。


「なにをするつもりだ、イーリア」


 国王があわてて呼び止める。


「イザの呪いを解きます。私にしかできないことなのです」


 姫君は振り返ることなく塔に進んでいく。その後ろ姿の清冽さに、だれも姫君の歩みを止めることは出来ない。


「お姫様、俺も行く」


 ノワールが後に続き、メルキゼデクが外套を脱いでローブ姿になる。


「ありがとう。みんなで、イザを取り戻しましょう」


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