お姫様は帰還中
ポートモリス城内にいる呪いにかかっていないものたちが執務の間に集められた。メイドや庭師など、城の維持管理をするものの多くが正気を保っていた。
兵士でも呪われていないものは若干名いた。そのほとんどが、黒き魔女がポートモリスにいた間、国境警備や哨戒任務で街を離れていたのだった。
「帰城し、十分な休息も取れぬままで済まぬが、また国境まで行ってくれ」
国王自ら頭を下げたため、兵士たちはおののきつつも感激を隠せない様子で、早馬を駆って飛び出していった。
姫君たちは呪われている兵士の近しい人を探しだしては、名前を呼ばせていった。名を呼ぶだけで目覚めるもの、姫君の涙が必要なもの、様々に兵士たちは目覚めていく。
「お姫様、大丈夫? また目が腫れたら……」
姫君は澄んだ瞳でにっこりと笑う。
「大丈夫よ、ノワール。悲しくなくても涙を流す方法がわかったの。私、泣き真似の天才かもしれないわ」
そう言って、爽やかな笑顔のまま、涙をほろほろとこぼす。白い肌の上をすべっていく涙の美しさに、ノワールは見惚れた。
兵士の中で、近親者や家族が見つからないものたちは、一時的に居室に集められ軟禁されることになった。いつ黒き魔女が命令を下し悪事を行わせるか分からない。国王は辛そうに、その決断を実行した。
城内に治安が戻り、王は姫君に深い感謝を伝えた。
「まことにありがたい。姫が我が国に輿入れしてくれたら、どれだけ安心できることか」
「そのことなのですが」
姫君は背筋を伸ばした。
「私はヘンリー王子のことをよく存じ上げません。お友達としてお付き合いさせていただき、婚姻の話はその後、考えるということにしていただけませんでしょうか」
王は眉尻が下がった情けない表情になる。
「あれをよく知ってもらっては、きっと姫はポートモリスに嫁いではくれぬだろうな」
「親が褒めることもできないようなやつに、よく嫁をもらおうなんて考えるよな。見た目だけでごまかした詐欺だ」
ノワールがぶつぶつ呟くのを、メルキゼデクが愉快そうに見ている。その声は王の耳にもしっかりと届き、王はますます恐縮した。
当のヘンリー王子は自室にこもって顔の傷の治癒に専念していた。姫君たちがアスレイトに向けて出発すると聞いても、見送りにも出てこない。
王は溜息をついて、姫君になにかを諦めたような頷きを見せた。
城下街では多くの人が愛するものの名を呼び、目覚め、抱き合っていた。まるで赤ん坊が産まれた瞬間のように、人々の顔は明るく輝いている。
ポートモリスが兵を引くことになったため、安心して街道を行くことができる。広い道を馬を急がせながら進んでいくと、道中でポートモリス城に向かう早馬とすれ違った。国境を開いたことを短く知らせて、兵士はきびきびと城へ戻っていく。
「さあ、アスレイトに帰りましょう。黒き魔女を探して、彼女を止めましょう」
姫君はきりりと顔を上げた。