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お姫様は見限り中

 ヘンリー王子の後について、隠し通路を通る。石組の通路は右へ左へと曲がり、別れ道もいくつもあった。


「これでは迷ってしまいそうだわ」


「迷わせるために、こういう作りになっておるのだよ。もし、敵がこの通路を見つけても、簡単には城にたどりつけないようにするためだね」


「臭いが完璧に残ってる。猟犬を連れて来れば、こんなの迷路の役にもたたないぜ。ポートモリスは結構、うかつな国だな」


 ノワールの言葉に腹を立てたヘンリー王子が勢いよく振り返る。


「だまれ、化け猫! 猫ふぜいに人間の英知が詰まったこの城のことがわかるはずがない! 黙って歩け!」


 ノワールは口から、そっと黒い靄を吐き出してみせた。ヘンリー王子は小さく「ひっ」と悲鳴をあげると、それからは一切、振り返ることなく城内に入った。


 階段を上って戸を開けると、鶏がいた。数十羽の鶏が驚いて甲高く鳴き叫びながら飛び回る。羽毛やら、オガ屑やら、なにやらが空中に舞い飛ぶ。ヘンリー王子はそれらをもろに吸い込んで涙を流して咽た。

 姫君はメルキゼデクが渡してくれた手巾で顔を覆って鶏小屋に足を踏み入れる。振り返って見ると、隠し通路への入り口は、鶏小屋の用具でも入っていそうな小さな物置のように見えた。


「上手に隠してあるのね」


 ノワールも頷く。


「こっち側からなら、犬を連れてきても鶏の臭いでごまかされて見つからないかもしれない」


 ヘンリー王子は咽ながら急いで鶏小屋を出て、すぐ近くに見える城内への扉を開ける。中は広い厨房で、毛を毟られた鶏が何羽か吊るされて血抜きされていた。だが人はいない。


「調理人はどこへ行ったのかしら。お休みの日かしら」


 姫君は物珍しそうにきょろきょろと厨房を見回す。メルキゼデクが吊るされた鶏を突きながら応える。


「生肉を放って休みはしないだろうねえ。兵隊に加えられているのかもしれないね」


「まあ。ではお城の人はなにも食べられないわね」


 ヘンリー王子が短く「そうだ」とイライラしながら返事をした。


「昨夜からなにも食べていない! 調理人を呼び戻せと言っても、だれもまともな返事をしない!」


 ノワールが、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべる。


「そりゃ、呪われて、みんながみんなの名前を忘れてるんだよ。呪いを解かなきゃ飢え死にするぜ」


 ヘンリー王子は足を止め、勢いよく振り返った。その顔は蒼白だ。


「まさか……。嘘だろう。これ以上、お腹がすいたら死んでしまう」


「だから、そう言ってるだろ。そうなる前に、呪いを解いた方がいいんじゃないか?」


 ヘンリー王子の視線が左右に動いた。空腹と黒き魔女への愛を秤にかけているらしい。


「まあまあ。とりあえずは傷の手当てをしましょうかな」


 メルキゼデクが先に立って歩き出す。姫君も後に続く。しばらく遅れて、考え考え、ヘンリー王子がついてくる。ノワールはニヤニヤと、さも楽しそうにヘンリー王子の背中を見ながら歩いていく。

 メルキゼデクの部屋は城の三階、蔵書室の隣にあった。


「この部屋は気にいってたんだがなあ。いつでも本が読める。城付きでなくなって、それだけが残念だよ」


 ぶつぶつ言いながらも、両手はてきぱきと動かして治療に必要なものをそろえていく。

 ヘンリー王子は痛む頬を押さえたまま、部屋の真ん中に置かれた長椅子に腰かけている。


「ヘンリー様。傷は痛みますか?」


「痛いに決まっている! 当たり前のことを聞くな!」


 荒い口調を姫君に向けるヘンリー王子に、ノワールが牙をむいてみせた。ヘンリー王子は縮こまって深く俯いた。

 黙ってしまったヘンリー王子は、メルキゼデクのされるがままで、たまに痛みに顔をしかめたりもしたが、大人しく治療を受けた。


 美しい顔に大きな布が当てられ、包帯でぐるぐると巻かれている様は、憐れでもあり、面白くもある。ノワールは隠しもせずに、ヘンリー王子の情けない表情を笑った。


「ノワール、そんなふうに意地悪をしてはいけないわ」


 姫君が言うと、ノワールは大人しく「そうだね」と真顔に戻ったが、笑いをこらえきれず、たびたび咳き込んで笑いを隠した。


「国王陛下は、このたびの出兵について、いかようにお考えなのですかな」


 メルキゼデクが問うと、ヘンリー王子は素直に答えた。


「いかがもなにもない。黒き魔女に従うというのがこの国の決定だ」


「なるほど。国王陛下も呪われているということですな」


 決めつけても、ヘンリー王子は黙ったままだ。少しだけ居心地悪そうにしている。


「まずは、国王陛下の呪いを解いた方がよさそうですな。そうすればヘンリー様は安静になさって、治療に専念できるのですから」


 ヘンリー王子は、ハッとしたように顔を上げた。


「私には、安静が必要なのか?」


「それがよろしいでしょう」


 慌てて立ち上がると、ヘンリー王子は急ぎ足で部屋を出て行った。姫君は目をぱちぱちと瞬く。


「どこへ行ってしまったのかしら」


「自室だろうね。布団にくるまって怪我が治るまでじっとしているつもりなのだろう」


「腹が減ってるのに、エサを取りにもいかないなんて。本当に、どうしようもないな」


 ノワールが大きなため息を吐いた。


「まあ、お姫様の婚約者があんなやつだって、結婚前にわかって良かったよ」


 姫君も申し訳なさそうに笑いながら、「そうね」と小さく呟いた。


 メルキゼデクに案内されて、王の応接間に向かう。道中、人は一人もいない。


「国王陛下は人払いをなさっているのかしら」


 首をかしげる姫君に、メルキゼデクは首を横に振ってみせる。


「皆、兵士として借りだされているか、ぼーっとどこかで突っ立っているんだろう。この呪いは、あまりうまく働いていないようだね」


「黒き魔女の魔力が奪われているからかしら」


「かもしれぬ」


 話している間に、応接間の前にたどりついた。メルキゼデクがドアを叩いて声をかけたが、返事はない。そっと開けて見ると、応接間の豪華な刺繍で覆われたソファに、ポートモリス王が座っていた。


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