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お姫様は婚約者と再会中

「ヘンリー様!」


 驚いた姫君の声に、ヘンリーは優雅な微笑を返した。


「イーリア姫。おひさしぶりです。ますます美しくなられた」


 ヘンリー王子は、ゆったりと両手を開いて三人を歓迎するそぶりを見せる。


「ようこそ、ポートモリスへ。黒き魔女に立ち向かう勇敢な方々を歓迎いたします」


「ヘンリー様、ご無事だったのですね」


 ヘンリー王子に歩み寄ろうとした姫君の前にノワールが立ちふさがる。


「だめだ、お姫様。こいつは臭い」


 ヘンリー王子は楽しそうに笑う。


「臭い? 私が? それは申し訳ない。なんの臭いがするのだろうか」


 馬鹿にしているようにも感じられるヘンリー王子の笑顔を、ノワールは強く睨みつける。


「嘘つきの臭いだ」


 ヘンリー王子は、ぷっと吹き出した。


「いや、失礼。嘘つきと言われるのは子どものころ以来だったものだったから。君は、ノワールくんだね。ずいぶんと幼い言語能力のようだ」


「それは、どうも。人間になったばかりなもので」


 姫君がノワールの陰から出てきて、ヘンリー王子に尋ねる。


「どうして、ノワールのことをご存じなんですか?」


 ヘンリー王子はぴくりと眉を動かした。


「どうしてとは? イーリア姫の大切なお友達でしょう? アスレイト城にうかがった時にお聞きしましたよ」


「ええ。そう、お話ししました。そして、ノワールが猫だということも」


 今度はヘンリー王子の眉は不快げに寄せられた。


「そうでしたね。ずいぶん前のことだから忘れかけていました。ですが、あなたのお友達のことなど、今はどうでもいいのです。話すべきは黒き魔女のこと。イーリア姫にとっても、大切な話でしょう」


「ええ。でもその前に教えてください。なぜ、ヘンリー様は呪われていないのですか?」


「呪い? なんのことですか?」


 大げさに首をかしげるヘンリー王子にメルキゼデクが問う。


「黒き魔女から、なにを得る約束をなさったのか。あの魔女がその約束を守るとお思いか」


 むっとしてヘンリー王子は笑顔を作ることをやめた。


「まるで彼女が詐欺師であるかのような言い様だね、メルキゼデク。彼女ほど高潔な女性はいないよ。あの白い肌は純潔の証、真っ赤な目は人を信じる情熱の色。彼女ほど美しい女性が人を欺くことなどありえない」


 メルキゼデクは大きなため息を吐いた。


「またそのように、外見だけで判断なさる。そうやって今まで何件の見合いで失敗なさってこられたか」


 ヘンリー王子は怒りに顔を真っ赤にして大きな声をあげた。


「うるさい! 今まではろくな女がいなかっただけだ! 黒き魔女は違う! 彼女は本当の僕の運命の女性なんだ」


 うっとりと目を細めるヘンリー王子に、ノワールは怒りを含んだ低い声で尋ねる。


「お前の見合いはこれまで全部、失敗だったというのか?」


「そうだ。どの女も黒き魔女とは比べ物にならない。彼女の前では皆、ただの豚だ」


 姫君が止める間もなく、ノワールは黒い靄を吐き出した。そのまま靄をぶつけるのかと思っていたが、猫に戻ったノワールは、靄を引きずったままヘンリー王子に飛び掛かり、その頬に思いきり爪をたて、引っかいた。


「うが!」


 深くするどい爪での一撃に、ヘンリー王子は顔を抑えてうずくまる。


「なにをする! この化け猫め!」


 まだやりたりないとばかりに、ヘンリー王子に飛び掛かろうとかまえたノワールを姫君が抱き上げる。


「だめ、ノワール。暴力はだめよ」


 ノワールは黒い靄をするすると吸い込んで姫君の腕の中で人の姿に変わった。


「暴力じゃない。ただの猫のケンカだよ」


「なにを言っている! 私の顔に傷をつけて、どうしてくれるんだ!」


 喚き続けるヘンリー王子が、さっと腕を振ると、物陰から兵士が飛び出してきた。みんなぼんやりとした表情で、呪いにかかっていることがはっきりと分かった。

 メルキゼデクがまた、ため息をつく。


「王子殿下におかれましては、呪う必要もないほど、黒き魔女に魅了されていたわけですな」


 手巾で頬を抑えたヘンリー王子は憎々し気にメルキゼデクを見やる。


「メルキゼデク。私の怪我を見ても治療もしないのか」


「私はもう、城付きではなくなりましたのでな。治療する相手は好きなように選びますよ」


「金なら払う。すぐに診てくれ」


 メルキゼデクは深く頷いてみせる。


「条件があります」


「なんだ」


「ポートモリスの兵を引きあげて、城を開いてください」


「そんなことをしたら黒き魔女に嫌われる」


 ヘンリー王子は子どものように、イヤイヤと首を横に振る。


「では、治療はできませんな。なにせ、私たちは黒き魔女に追われておりますから。戦争が落ち着かねば、仕事もろくに手につきません」


「そう言わず、なんとか……」


 姫君が首を捻る。


「メルキゼデクでなくても、お城の薬師に診せればよろしいのではないでしょうか」


 ヘンリー王子は憎々し気に姫君を見やる。


「口出しは無用に願う。我が国のことだ」


 ノワールが鼻を鳴らして笑う。


「どうせ、薬師も呪われて、ろくに言葉も通じないんだろ」


 図星だったらしく、ヘンリー王子はくぐもった唸り声をあげて視線を泳がせた。


「困りましたのう。動物の爪の傷は化膿しやすい。それでなくとも、深くえぐれておりますからな、跡が残るやもしれませんなあ」


 ヘンリー王子の顔色がさっと青ざめた。


「そんな! 私の美しい顔に傷が残るなど! なんでもいいから、早く治療を!」


「しかし、黒き魔女に味方する方に力添えなど……」


「兵を引け! 全軍撤退と伝えろ!」


 ヘンリー王子は兵士たちに命じた。兵士はのろのろと伝令のために出ていく。ヘンリー王子はすがるような目でメルキゼデクを見る。


「さあ、早く、傷の手当てを」


「ああ、しまった」


 メルキゼデクがとぼけた声を上げると、ヘンリー王子は怒りをあらわに怒鳴った。


「今度はなんだ! どうでもいいことなら許さないぞ!」


「いやいや、大変なことです。治療用の道具を一切合切、家に置いてきてしまいました」


「なんだと……!」


 ヘンリー王子の顔がますます青ざめる。


「城に入らせていただけますかな。私の研究室にはまだ治療具が残っておりましょうから」


「すぐに来い! すぐだ!」


 ヘンリー王子は慌ててきびすを返すと、建物の地下への階段を下りていく。

 今までのやりとりをぼんやりと見ていた姫君は、ノワールの方に顔を向けた。


「ヘンリー様があんな方だとは思わなかったわ」


「最悪なナルシストだな」


 ノワールの言葉に、姫君は小首をかしげて、少し考えてから答えた。


「ものすごく興味深い変人だわ」


 ノワールは盛大に吹きだした。


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