お姫様は治療中
木の中には大きな洞があり、仄かな青い光に満ちていた。
「まあ……、きれいだわ」
お姫様は痛みが引かない目を、出来るだけ大きく開けた。ノワールの瞳孔が暗さの中でキュっと細くなる。
「光っているのは、きのこかな?」
メルキゼデクは指をパチンと鳴らす。
「ご名答。さすがの夜目だね。このきのこは夜行性……というか、闇の中でしか育たないのだよ。生きるために光は必要ないはずなのに、自ら光を発している。まるで闇に惑うものの道しるべになろうとするかのようにね」
語りながら、メルキゼデクは大樹の中に足を踏み入れる。きのこは、ますます光を強くした。
青白い光が洞の中を照らすさまは、水の中にいるかのような錯覚をもたらす。空気もどこか、ヒンヤリとするように感じられた。三人は歩いているというより、水の中をたゆたうような気持ちで先へと進んだ。
洞はどこまで通じているのかわからないほど広かったが、途中に螺旋階段があり、メルキゼデクはそこを上っていく。ぐるぐると階段を上り、きのこの明かりが見えなくなるころ、メルキゼデクは指先に白い光を灯した。辺りを照らすのに十分なほど明るいのに、直接見つめても眩しさに目がくらむことがない。
螺旋階段を上りきると、個室が並んだ廊下に出た。泊めてもらった時に借りた部屋の前を通過して居間に向かう。
居間につくと、メルキゼデクは指先の灯りを宙に浮かべた。そのままにしておいてランプに火を灯す。いくつものランプに火が灯ると、白い光はふっと消えた。
「さ、そこに座って。ノワールくん、そちらの棚から白い壺を取っておくれ。三つともだよ」
メルキゼデクが姫君の肩を押してイスに座らせ、竈門に火を入れた。薬缶の蓋を開けて、壁から突き出ている木の根から垂れている雫をためる。
薬缶を火にかけている間に、壺から薬草を取り出し、乳鉢で擂りつぶす。湯を乳鉢に注いでよく混ぜ、布を浸した。
「最初は痛むが、じきに慣れるよ。少しの我慢だ」
姫君を上向かせて目の上に清潔な布を乗せ、その上に薬湯を染み込ませた布を置いた。
黙って動かない姫君に、ノワールが心配げに尋ねる。
「大丈夫? すごく痛い?」
「大丈夫よ。ちょっとヒリヒリするけれど、温かくてほっとするわ」
ノワールは姫君の隣に腰かける。
「お姫様は、がんばりすぎだよ。呪いの解き方も、探せばきっと他になにかあるよ」
「でも、早くしないと、戦争が始まってしまうかもしれないわ」
「ヨキが戦争を止めてくれるんだろ」
メルキゼデクが口を挟む。
「普通に状況判断ができるなら、ハギル軍に向かっていくことはしないかもしれない。だが、ポートモリスの軍は、黒き魔女に魅了されている。黒き魔女が望んだとおりに動き続けるかもしれない」
「でもさ」
ノワールは泣きそうな表情でメルキゼデクを見上げる。
「このままじゃ、お姫様の目が見えなくなっちゃうよ」
姫君は上を向いたまま微笑んだ。
「ノワール、ありがとう。心配してくれて」
姫君が伸ばした手を、ノワールはぎゅっと握る。メルキゼデクはノワールの隣のイスに腰をかけた。
「たしかに、今日のようなことを続けるわけにはいかない。なにか手を打たねば」
姫君は頬に指を当てて考え込む。ノワールも首を捻って唸りながら考える。メルキゼデクは湯を沸かし、干し肉を切りわけている。
「ヘンリー王子に会いましょう」
姫君がきっぱりと言う。
「王子に会って、戦争をやめるように説得しましょう」
「王子様も呪われてるんじゃないの?」
「そうかもしれないわ。でも、ヘンリー王子の呪いを解ければ、国中の人を止めることができるのではないかしら」
メルキゼデクが頷く。
「おそらく、できるだろう。では、明日。城に行こうじゃないか」
ノワールがさらに首を捻る。
「お城って簡単に入れないんじゃない?」
「私をだれだと思ってるのかな? 元・城付き魔術師だよ。城の中のことは、よーく知っているよ」
メルキゼデクは姫君の目から布をはずした。
「どうかな」
姫君はぱちぱちと瞬きをした。
「すごいわ、痛みが消えたわ」
ノワールが嬉しそうに姫君の目を見つめる。
「よかった。ねえ、もう無理に泣くのはやめよう」
姫君はこくりと頷く。
「しばらく玉ねぎは見たくないわ」
メルキゼデクは楽しそうに声を上げて笑った。