お姫様は決意中
ずしりと背中にのしかかるような罪悪感に押しつぶされそうだ。
「お姫様、どうしたの?」
ノワールが心配そうに姫君の顔を覗き込む。とたんに涙がぽろりとこぼれた。姫君はその雫を手のひらで受け止める。
「ノワール、私は汚い人間だわ。光輝の涙なんて、本当はなにかの間違いなんだわ」
そう言いつつ、姫君は人々の周りを歩き、その手に雫を落としていく。ノワールがついて歩いていることに気づいていないのか、姫君はぽつりぽつりと独り言をこぼす。
「私は黒き魔女を許せないと思ったわ。彼女がいなくなれば、みんなが幸せになれると思ったわ」
「そうだよ、その通りじゃないか。なにか間違ってるって言うの?」
ノワールが尋ねると、姫君はさらに涙をこぼす。
「ナーナが悲しむわ」
「それは仕方ないよ。みんなが幸せになれるんだ。ナーナには我慢してもらって……」
姫君は首を横に振る。その間も、次々と兵士を正気に戻していく。
「だれかを犠牲にした幸せは、本当の幸せではないはずよ。きっと、みんなが幸せになれる方法があるはず」
光輝の涙はまた乾いた。姫君はさらなる涙を流そうと、辛いことを思い出そうとする。
心の奥を覗き見ているうちに、知らないふりをしていた、とても辛いことを思い出してしまった。
「イザ……!」
イザが姫君に向けた冷たい視線、黒き魔女を抱きとめた姿、自分以外に向けられた騎士の誓い。思い出すと涙はとめどなくあふれた。
姫君の止まらない涙を見てノワールは姫君の肩をぎゅっと握った。
「もうやめよう! もういいじゃないか! 人間なんて裏切るし、汚いんだ。そんな人間のために黒き魔女を追いかけることなんてない!」
姫君は両手で顔を覆って俯いた。涙が手のひらから零れ落ちていく。
「お姫様が辛い思いをすることなんてないよ。お城に帰ろう」
ノワールが姫君の肩をそっと抱くと、姫君は小さく首を横に振った。
「それではだめ。だめなのよ、ノワール。それでは私はいつまでも、辛いままなの」
「イザがいないから?」
姫君はじっと自分の手のひらを見つめた。涙はほとほとと手のひらに溜まっていく。
「イザはお姫様を裏切ったのに」
透明な涙はノワールの悲しみを映して青く光った。きっとイザの心の色も映せるはずだ。姫君は涙をこぼしながらも、きりっと空を見上げた。
「イザは絶対に私を裏切ったりしないわ。大丈夫、ノワール。私は戦える」
光輝の涙は、姫君の決意を受けて、きらめきを増した。