お姫様は悲しみの中
「あんたは魔女なのか?」
ノワールの問いに、ナーナはぱっちりと目を開く。真っ赤に燃えるような瞳と、年齢を感じさせない切れ長の目尻。それだけで老婆の容姿はとても美しいものに変わった。先ほどまでの苔むしそうな老齢ではなく、今こそ花盛りといった妙齢の婦人のようにも見える。
「これが魔女の目さ。見たことがあるね?」
「はい」
姫君は真っ直ぐに老婆の目を見つめる。
「もう一人、魔女を知っています」
ため息を吐いて目を閉じると、元の通りの老婆に戻った。
「迷惑をかけてすまないね。あの子は私の娘なんだよ」
「では、昔。私たちと話した時には、黒き魔女に子守歌を歌っていたのですね」
「ああ、そうだよ。大昔、キャビネットから聞こえた声はあんたたちのだって、一目見て分かったよ。呪いの型からあの子の臭いがしたからね」
「ばあさん、いったいどんな育て方をしたんだよ。あんな凶悪な魔女、どうやったら生み出せるのさ」
忌々し気に言うノワールに、ナーナは小さく頭を下げた。
「悪いと思っているよ。だがね、あれは、あの子の天命なんだよ。なにもかもを欲する。なぜなら、なにもかもを奪われる運命にあるからだよ」
姫君が眉をひそめる。
「なにもかもを奪われるって、だれが奪うのですか」
「だれもかれもさ。あの子は出て行ったなんて言ったけど、本当は三つの時にシャクティ―キーに攫われたんだ。黒き神の神子、黒き魔女だと言ってね」
「取り返しにいかなかったのですか?」
「私はね、人を呪わない誓いを立てているんだよ。そうしたら魔女と言えども、ただの女と変わりない。それに、たとえシャクティ―キーから取り戻したとしても、あの子はまた必ず奪われる。それが運命なんだからね」
姫君はぎゅっと口を結んで下を向いた。
「お姫様、どうしたの?」
ノワールが尋ねると、姫君は涙声で話しだした。
「奪われるばかりの生なんて辛すぎるわ。だからって人から奪うのは違う。違うのよ」
ナーナは優しく姫君を見つめる。
「あの子のために泣いてくれるんだね」
「ナーナ、運命ってなんなのですか?」
姫君の問いにナーナは真っ直ぐに目を見て答えた。
「必ず身に降りかかると決まっていることさ。生まれつきの運命もあれば、自分で招く運命もある。良いものもあれば、最悪のものもある」
「黒き魔女の運命は……」
ナーナは黙って俯いた。姫君は優しくナーナに言う。
「自分で招くことができるなら、私が黒き魔女の運命を変えられるかもしれないわ。奪われるだけの人生を、違うものに」
姫君は黙ってナーナを見つめた。暖炉で燃える薪がパチパチという音をたてていることに姫君はやっと気づいた。暖かな部屋、香りの良い香草、ずっと取ってあるゆりかご。
ナーナは顔を上げて姫君を見つめた。
「あの子を止めておくれ。これ以上、人から奪わないように。奪っても奪っても、あの子は不幸になるだけだ」
メルキゼデクが重い声で尋ねる。
「どうしたら黒き魔女の力を削ぐことができるだろうか」
「名前だよ。名前を呼ぶんだ。そうするとその者の本性が現れる。本性を剥き出しにするということは弱点も剥き出しにするということ」
「黒き魔女の名前はなんと?」
ナーナは黙って首を横に振った。
「それを母親である私に言わせようというのかい? それだけは勘弁しておくれ。私にはできないよ」
説得しようと口を開きかけたメルキゼデクを、姫君が止めた。
「わかったわ、ナーナ。他の方法で黒き魔女の名前を探すわ」
「ああ、そうしておくれ」
ナーナは深い深いため息を吐いた。姫君は静かにドアをくぐって外に出た。