お姫様は登攀中
整備された道は広く、蛇行してはいるが一本道で迷うこともない。できるだけの速足で馬を進める。時折、後ろを振り返ったが、だれかが追ってきている様子もない。
後ろを気にし続けている姫君に寄りかかっているノワールが、ぼんやりと口を開いた。
「もし、黒き魔女がシャクティ―キーにやってきたら、モルデカイは黒き魔女と戦うつもりかな」
メルキゼデクが答える。
「そうだろうね」
「ほかにもそういう仲間はいるのかな」
「わからないが、いても少数だろう」
イザが眉を顰める。
「シャクティーキーの民は黒き魔女を信奉するだろう。そんな中、少数で黒き魔女に対抗するなど、モルデカイは大変に危険なことをしようとしている」
「大丈夫よ、イザ。黒き魔女は私たちが止める。そうでしょう?」
イザはきりっと表情を引き締めて「ああ」と答えた。
遠くから見ると切り立った崖のように見えたが、近くに寄ると、急な坂と呼べなくもないと思えるくらいの傾斜度だ。
大きな岩がごろごろと積みあがった崖は、手がかりが多く、なんとか登りきることができそうだった。だが、馬は置いていかなければならない。
「私たちが戻るまで、近くで待っていてくれる?」
姫君が尋ねると、馬たちは快く承諾してくれた。馬を繋ぐことなく好きに灌木の葉など食べていてもらい、一行は崖を登り始めた。
岩に手をつき、身を寄せるようにしながら少しずつ慎重に登っていく。きっとシャクティ―キーからは蟻が崖を登っているようにしか見えていないだろう。
だが、祭司長は崖を登っているのが姫君たちであること、登った先に魔女の宝物庫があることを悟るはずだ。急いで宝物庫を探して、ここから逃げださなければならない。
シャクティーキーの「蠍」と呼ばれる戦士たちがみんなモルデカイのように強いのなら、とても太刀打ちできない。姫君は荒い息を吐きながら必死に足を動かした。
崖を登りきると、一面に苔が生えた緑の岩場が広がっていた。ちょっとしたお屋敷が建てられそうなほどの面積がある。四方を遮るものはなく、かなり遠くの地まで見通せる。
そんな見晴らしの良い岩場に、目につくものはなにもない。
「宝物庫って、どれくらいの大きさなんだ?」
ノワールが尋ねるとイザが首を捻って言う。
「庫というくらいなのだから、それなりの建物なのではないだろうか」
「建物なんかないぜ」
メルキゼデクが地面を見下ろして足で苔を踏みつけている。
「地下に埋めてあるのかもしれん。手分けして探してみよう」
四方に別れて崖を隅々まで苔を踏み分けて探したが、どこにも人の手が入ったらしい跡は見つからない。
「あの光が差したのは、この崖であっているのかしら。もしかしたら、もっと遠くだったのかも……」
姫君の弱気な言葉に、メルキゼデクは強く首を振る。
「いいや、確かにここだったよ。私たちは探し方を間違っているのかもしれん。なにか見落としがあるはずだ」
メルキゼデクは地面にへばりつくように這って、両手で岩を叩き始めた。イザとノワールもそれにならう。
姫君も両手を岩について顔を近づけた。そこに、小さな蜘蛛がいた。