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お姫様は自己嫌悪中

 首領を一撃で昏倒させられて、隊商の男たちは困惑の色を浮かべた。


「なぜ蠍が俺たちの邪魔をするんだ! そいつらはシャクティ―キーの民ではないぞ!」


 モルデカイは問答無用とばかり、男たちに突っ込んでいく。その行く手に立とうとするものはいなかった。てんでな方向に散り散りに逃げ出した。


「逃がすな」


 ささやきほどの音量だが良く通る声で、モルデカイが言った。イザとノワールはそれぞれに動き出す。

 イザはシャクティ―キーの方向に駆けていく男を追い、体当たりして引きずり倒し、背中で腕を捻じりあげた。

 ノワールは黒い靄を吐き、道の先へ逃げようとしている数人の男たちを囲い込む。

 モルデカイは風のように滑るように動き、男たちに手刀を叩きこみ、一撃で昏倒させていく。


 モルデカイの隙をついて逃げようとする幾人かの行く手を、ノワールが器用に黒い靄でふさぐ。

 イザは短剣をしまい、モルデカイと同じように体術で男たちに向かっていく。突き出される短剣を、体を開いてかわし、脇に相手の腕を挟みこみ足払いをかけ、ひざまずかせる。


 メルキゼデクが精霊術で荒れ地から蔓植物を生やし、その蔓で倒れた男たちを縛り上げていった。

 隊商の面々は、抵抗することもかなわず、全員、縛り上げられ地面に転がった。


 モルデカイが軽々と男たちを担いで荷馬車に積んでいく。イザは困惑して手伝うべきかどうか悩んだまま立ち続けた。その間にモルデカイは仕事を終えた。


「蠍、と呼ばれていましたね」


 姫君が尋ねると、モルデカイは視線を姫君に移した。感情の読めない冷たい目だ。


「シャクティーキーの民のために働く戦士なのではないのですか? その人たちはシャクティ―キーの民でしょう?」


「なにものだ」


 モルデカイに尋ねられた姫君は、首を横に振った。


「私が何者か私にもわからないのです。それを探しに魔女の宝物庫に行かなければいけないの」


「どこから来た」


「アスレイトから」


「全員か」


「私はポートモリスの人間だよ」


 メルキゼデクが言うと、モルデカイは口元を覆っている黒い布をはずした。真っ白な肌をした、まだ十四、五歳と見える少年だった。


「城付きの魔術師だというのは本当か」


「今は、もう違うよ」


 表情は動かなかったが、モルデカイの瞳が暗くなったような気がした。メルキゼデクがそれに気づいたようで、モルデカイに優しく尋ねた。


「君は帰りたいのかね、故郷に。ポートモリスから来たんじゃないのかね」


 メルキゼデクの問いに、モルデカイは俯いた。


「シャクティーキーが素晴らしい国だと聞いたが、ここへ来たのは間違いだった。人々は監視しあい、騙しあい、疑いあう」


 モルデカイは姫君に視線を移す。


「アスレイトは愛にあふれた国だと聞く。天国のような場所だと。本当か」


 姫君は首を横に振った。


「アスレイトにも牢屋があります。税に苦しむ人もいます」


 モルデカイは落胆を隠しもせず、ため息を吐いた。


「どこにも理想の国などないのだろうか」


「あなたの理想の国は、どんな国なのですか?」


 姫君の問いに、モルデカイは真っ直ぐに答えた。


「嘘も、暴力も、貧困もない。飢える者のいない国だ。シャクティ―キーはそんな国だと聞いたからやってきたのだ。だが、まったく違う。ここは醜い人間であふれている」


 姫君は荷馬車に積まれた男たちを見ながら言う。


「ここにいる人たちが特別に醜いというわけではないと思うわ。人間はみんな醜い部分を持っているのではないかしら」


 モルデカイは姫君たちを見回す。


「あなたたちも醜いところがあるのか」


 メルキゼデクは深く頷く。イザは逡巡して動かない。ノワールは興味がないようで大きなあくびをした。姫君が口を開く。


「私の中には様々な醜い感情があることを知りました。黒き魔女を嫌いだと思うし、シャクティーキーはどこか気に入らない。怖がりでなにも知らない、なにもできない自分をゆるせないとも思うわ」


 姫君はモルデカイを真っ直ぐに見つめる。


「でも、そんな醜い部分も含めて全部が私なの。きっとこの世界もそうなんだわ。醜いものを隠すことはできても、無くすことはできない」


 モルデカイは、がっかりと肩を落とす。メルキゼデクが右手を突き出してモルデカイの前で開いてみせた。手のひらに、泥が乗っている。その中から緑の茎が生えてきて、葉が茂り、つぼみができ、花が開いた。

 メルキゼデクは左手で花を摘むと、モルデカイに渡した。


「汚い、醜い、そんなものがあるからこそ生まれる美しさというものもあるんだよ」


 モルデカイは花を両手で大事そうに包みこむ。メルキゼデクは手を叩いて泥を払い落した。


「だが、黒き魔女が力を振るっているならば、この世の美しいものは、すべて消えてしまうだろう」


 モルデカイが急に顔を上げ、遠くを睨んだ。


「追手が来る、こいつらはお尋ね者だったんだ。気づかずに同行させてすまなかった。蠍が集まる前に行った方がいいだろう」


 姫君がモルデカイに尋ねる。


「あなたはどうするの? ポートモリスに帰らないの?」


「いつかは帰る。だが、それは今じゃない。シャクティ―キーが黒き魔女の力を得ることを阻止するつもりだ。黒き魔女が滅びるまでは、ここにいる」


 モルデカイは口元を黒い布で覆うと、低い声で「行け」と呟いた。


 姫君は黙ったまま深く頭を下げた。


「行きましょう」


 去って行く姫君たちが見えなくなるまで、その背中を、モルデカイはじっと見つめていた。


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