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お姫様は隊商の中

 馬房にたどり着き、他にだれもいないことを確かめると、イザがぼそりと「尾行はされていない」と呟いた。


「いやはや、すっかり疑われておったんだなあ」


 メルキゼデクが言うと、イザが頷く。


「きっと槍兵がいた関門を通った時から目をつけられていたのだろう」


「みんなが黒い服じゃなかったのが悪かったのかもね」


 一人、黒ずくめのノワールが言う。イザが軽くノワールを睨む。


「情報不足だったのだ。仕方ないだろう」


「うーむ。シャクティ―キーの民が黒い衣を好むということは知っていたのだが、ここまで徹底しているとは思わなかったものでね」


 メルキゼデクが馬を囲いから出しながら申し訳なさそうな顔をする。


「とにかく、隊商と交渉して早くここから出た方が良いだろう。私が探してくるから、ノワールくん、私の馬を頼むよ」


「え、なんで俺? イザが二頭引っぱっていけばいいじゃないか」


「どうやらこの馬たちはノワールくんのことが好きなようだからね」


 そう言うと、メルキゼデクは手綱をノワールに押し付けて行ってしまった。馬たちが鼻面を近づけようとするのを、ノワールは何度も手で押し返している。


「よく馬に好かれるな」


 イザが言うと、ノワールは唇を突き出した。


「俺がハンサムだからだよ」


「そうか」


 軽く流されて、ノワールはますますむくれた。


 馬房の外に出てみると、メルキゼデクはすぐ近くにいた。隣の馬房から馬を出している数人の男たちと話をしている。

 メルキゼデクが三人に気づき、手招きする。


「隊商に同行させてもらえるようになったよ」


 イザが騎士流に礼を言おうと口を開く前に、メルキゼデクが急いで姫君たちを紹介する。


「わしの子どもたちですじゃ。皆、口下手なものでご挨拶もまともにできず、いやはや、お恥ずかしい」


 ノワールは、わざとむっつりと口を結んで、そっぽを向く。イザと姫君は黙って頭を下げた。


「お若い方はそういうものですよ、ご老人。お気になさらず。すぐ準備も済みます。共に参りましょう」


 隊商の若い男たちがてきぱきと馬に台車を取り付けていく。隊長らしい男はケントゥリオと名乗った。


「北回りで三つほど村を周って特産品を仕入れるのですよ。ポートモリスに帰ってそれを売る。まあ、それだけの商売です」


 メルキゼデクと馬を並べて進むケントゥリオが言った。メルキゼデクは首を捻る。


「はて、東へ行商に行くと聞いたのですが、違いましたかのう」


 ケントゥリオは一瞬、黙り、それから大口を開けて笑った。


「そうそう、間違えました、東回りですよ。私は忘れっぽくていけません」


 また大声で笑う。うるさすぎる声に、ノワールはそっと両耳をふさいだ。

 しばらく進むと、シャクティーキーの検問があったが、ケントゥリオは黒い石をかざすこともなく、顔を見ただけで通された。


「ケントゥリオ殿は有名人なのですじゃろうか」


「なに、槍番がちょっとした知り合いだっただけですよ。それに、私はシャクティ―キーに戻ることが多いですからな」


 メルキゼデクは「なるほど、なるほど」と呟いて、それから根掘り葉掘り、ケントゥリオのことについて矢継ぎ早に質問を続けた。

 年齢、家族構成、行商を始めてからの年数、好きな食べ物、今回の行商で回った土地の名前、生まれた場所、祭の参加者の数、何を聞いてもケントゥリオは淀みなく答えた。


「では、ポートモリスでの宿泊先はどちらに?」


「跳ねる仔馬亭です」


「ほう? たしか、あそこは馬房が狭くて馬車は預からないと思いまし……」


「メルキゼデク殿」


 ケントゥリオが笑顔のまま、メルキゼデクの言葉を遮った。


「随分とおしゃべり好きな方ですな、あなたは。そんなに私のことが気にかかりますか」


「そうですのう。忘れっぽいとおっしゃったので、どのくらい忘れっぽいのかと思いましてのう。どうも、ケントゥリオ殿は、かなり記憶力が良い方のようですのう。いや、良すぎるくらいですな」


 メルキゼデクの声音が低くなる。ケントゥリオは変わらず笑っているが、どこか冷たい雰囲気を感じる。


「なにをおっしゃるやら。私など、痴呆ものですよ。それより、あなた方のことをお聞かせ願いたい」


 メルキゼデクは、しゃんと背筋を伸ばして毅然と答えた。


「なんでしょうかな」


「黒き魔女に弓引き、ポートモリスから逃げ出した城付きの魔術師殿。魔女の宝物庫の場所を教えてもらおうか」


「なんの場所と?」


「とぼけあうのはよそう。黒き魔女の宝物庫に隠された魔女の力を手に入れるためにシャクティ―キーに忍びこんだんだろう。すべてわかっているんだ」


「そんなものは知りもしないよ。私たちはただ、ポートモリスに帰りたいだけ……」


「そんなことはどうでもいい。黒き魔女の宝物庫はどこだ」


「聞いてどうするのですか」


 姫君が口を開いた。 ケントゥリオは姫君に優しく微笑む。


「もちろん、黒き魔女をシャクティ―キーのために働かせるのに使うんだよ、お嬢さん。世界をシャクティ―キーのものにするために味方になってもらうんだ」


「黒き魔女はだれにも屈しないと思うわ」


「ほう、まるで黒き魔女を知っているような口ぶりだな」


「私は、彼女のことをなにも知らない。だから知らなければいけないの。お願い、そこを通してください」


 隊商の若者たちは荷馬車を離れ、道をふさぐように移動していた。ケントゥリオは楽しそうに大声で笑う。


「いいですとも、もちろん。ただし、黒き魔女の宝物庫のことを話したらですがね」


「話しません」


 毅然とした姫君の瞳を、ケントゥリオは忌々し気に睨む。


「捕まえろ。吐くまで殴れ」


 若者たちは懐から短剣を取り出し、駆け寄ってきた。イザが馬から飛び降り、短剣を構えて待ち受ける。ノワールが馬を後ろに下げながら大きく口を開いた。


 その時、黒い風がイザの脇をすり抜けて、ケントゥリオに襲いかかった。黒い風と見えた人物は素早い動きでケントゥリオの顎にするどい肘撃ちを叩きつける。ケントゥリオは道の先まで吹き飛ばされた。

 男が振りかえった。モルデカイだ。低く、しかし、よく通る声で言う。


「無事か」


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